世界はそれを優しさと呼ぶ
冬は好きじゃない。なんだか寒い空気があって、なんだか苦しい朝があって、そして泣きたい午後がある。俺は今日も澄んだ空を見上げながら少しだけため息を吐く。あぁあああ世界は今日もとても綺麗で、世界は今日も何事もなく過ぎていて、そして俺は今日も泣きたい気持ちをこらえながら生きている。隣を知り合いが笑いながら歩いていった。おはよう、いい天気だね。俺も笑って返す。本当に良い天気だね、今日もいいことあるといいね。俺はなんだか憂鬱で、それでも笑顔で生きている。だってこんな俺はいらないでしょ?こんな暗い俺はいらないでしょ?俺は今日も笑って生きている。今日もイタリア君は元気そうだね。悩みなんてなさそうだからよさそうだよね。うんうん、そうだね、俺、馬鹿だから。だから、だから、
ね ぇ ほ ん と う は
なんだか冬は好きじゃない。俺は少し泣きたくて、それでも世界は回っていて、日常のチープな空気の中で人はその人自身を演じ、そして俺もその一人。それはつらいことです苦しいことですでも、それが世界を動かすのです。
「イタリア。」
振り向いた先にドイツの顔があって、俺は笑って今日も彼に抱きついた。日常は繰り返すものだから。ドイツは俺の顔の先で苦笑する。こんななんでもない日常だって本当は嘘に塗れているのかもしれない。どこかでだれかが言っていた、空に浮かぶあの白い雲だって下には黒い影を落とすんだって。そんな矛盾した世の中で、それでも世界はそれで動くのだからそれを憂うこともないよ。
「なぁ、イタリア。」
「なぁに?」
「いや。」
言いかけた言葉を結局ドイツは言わなかった。代わりに困ったようにちょっと首をかしげて、それから俺の頭を撫でてくれる。ねぇねぇ、ドイツ、多分ドイツの知っている俺は俺とは少し違う人だよ。でも、きっと俺の知っているドイツだってきっとちょっと違う人だよね。それを本当は少し知って欲しかった。べつに構いやしないけど。ドイツは前を歩いていく。俺はその後ろをついていく。ちょっと、ドイツが立ち止まる。弾みをつけてから、俺も立ちどまる。なぁに?どうしたの?
「お前、最近無理してないか?」
ねぇねぇ、知ってた?俺は本当は冬が嫌いで、俺は本当は最近少し眠れていないの。いいたくて、いいたくて、いえなくて、俺はドイツに曖昧に笑う。人は誰もが誰かを演じています。それは仕方ないことです。それを哀しむつもりも、自分を悲劇のヒロインぶるつもりもありません。きっとドイツが見ている俺はちょっと違う俺だし、俺の見ているドイツはちょっと違うドイツです。それは人が人である以上は超えられない何かです。それでも、
「そんなことないよ。」
「…そうか。また、何かあったら言えばいい。」
それでも人はこうして生きていて、そして憂鬱な朝とけだるい午後に塗れた世界は今日もなぜか俺に少しだけ優しく、その優しさに少しだけ、
少しだけ、俺は泣きたくなった。
泣きたくなったりそんな日もあるよね。