綺麗すぎた君に
「本当は、俺、こんなことしたいわけじゃない。」
それは真夜中の夜半すぎ、イタリアがつぶやいた言葉だった。いつものようにイタリアは俺のベッドにもぐりこむように入ってきて、俺はそれを別段気にすることなく受け入れた。イタリアと寝るというのは珍しいことではない。よく彼はこうして誰かにすがるようにして眠るのだ。
「こんなふうに思うなんて、俺のすることじゃないんだ。」
呟く彼の言葉は嗚咽にも似た何かにかき消える。夜中、息苦しさに目覚めたとき、彼は隣にいなかった。俺の上にまたがるように乗って、そして首に手をかけていた。
「どうしてドイツのことになると、俺はこんな汚い感情ばかりになるんだろう。ねぇ、解らないよ。どうしたらいいの??」
なく、泣く、イタリアの嗚咽と胸のあたりに落ちる冷たい滴の感触。イタリアは泣いていた。俺の首に手をかけて、締めながら泣いていた。息が吸えない。口を大きく開けて、なんとか酸素を取り込もうとするが、イタリアの力は予想外に強く、ぜぇぜぇと耳に悪い音ばかりが響くだけだ。いやな汗が滑り落ちた。彼は泣いている。
「俺、ねぇ、ドイツに俺だけを見てほしいよ。俺以外いらないって言ってほしいよ。そんなことは間違いだとわかっていても、それを願わずにはいられないよ。俺はどうしたらいいんだろう。こんな風に誰かに縋ったことなんてないのに。俺はどうしたらいいんだろう。」
涙にぬれた、イタリアの頬がとても美しいと思った。相変わらずゆるまない彼の手の力で、自分は確実に苦しさの境地においこまれ始めていて、それでも彼を悪いとは思えなかった。
わかるからだ。こんな風に、誰かにすがって泣きたい気持ちを自分が理解しているからだ。
「お前は、」
苦しい息のなか、なんとか絞り出した声は自分でも笑えるくらい震えていた。
「お前は、綺麗だ。」
とたん、は、と気づいたようにイタリアの目が見開かれる。滲む新しいしずく。手の力が弱まった。ぽたりぽたり、首についた手のあとを癒すように彼の涙は落ち続ける。きれいだ、本当に綺麗だ。汚い感情だなんて嘘だ。今、イタリアはこんなにも美しい。
「ドイツは、ほんと、残酷なくらいやさしいね。」
涙に濡れながらそれでもほほ笑んだ彼の顔は今までみた何よりも美しく、思わず俺はその跳ねた茶色にそっと口づけたのだった。
君は、綺麗だ。