この気持ちに名前をつけるとしたら
「兄ちゃんは恋ってしたことある?」
それは、なんてことはない質問だった。
んぁ?と間の抜けた返事をしながらフランスはイタリアのほうを見遣る。イタリ
アは窓際の日だまりに座り込んで、雑誌を読んでいるところだった。
聞いてきたわりに、顔もあげない。
「…そりゃあ、俺は恋に生きてっからな」
「あるんだ。」
「まぁな」
イタリアが雑誌をめくる。どこにでもありそうなファッションやらなんやらを詰
め込んだB級雑誌。いつもは煩いイタリアが静かだとこっちまで手持ちぶさただ
。どフランスはひとりごちる。
日だまりが眩しい。
イタリアの髪に微かに映る光の輪。
「ねぇ兄ちゃん。」
「ん、なんだー?」
「恋ってどんなかんじ?」
イタリアは雑誌から目を離さない。フランスは持っていたタバコを揉み消した。
小さな煙とともに火は黒くなって消え失せ。
「…んなことなんで聞くんだ?お前も恋くらいしたことあんだろうが」
「うん、でもなんかね、そう、今、とても変な感じだから。だから確かめたいこ
とがあるの。ねぇ、恋ってどんな
感じ?」
フランスは軽く顔をしかめて俯く。どんな、と言われても、な
雲を掴むような質問だ、と思う。これはあくまで概念であって、何か固定された
ものでない以上、どうしようもない、だろ?
「苦しくなるくらいそいつが好きってことじゃねぇか?」
考えるのも面倒になって、フランスは適当に吐き捨てる。
春も半ばになった昼下がりは少し暑いくらいだ。
窓際の日だまりは暑くないのだろうか。イタリアを横目で見る。イタリアは
雑誌を広げたまま、何かを思うように俯き、そして。
「…わかった。」
イタリアが雑誌を閉じる。日だまりはいつの間にかフランスのすぐ近くまで延び
ていた。
日が、傾いている。
イタリアの顔は逆光で闇に隠れ、
「俺、兄ちゃんに恋しちゃったみたい」
瞬間、イタリアが屈んで、フランスの唇にキスをする。驚いたフランスが状況を
把握するより早くイタリアは部屋を駆け出していた。
後に残されたのは、呆然としたフランスと床に残された雑誌と。
「…なんなんだあいつ。」
イタリアが出ていった扉が薄く開いて、風を呼び込む。
『俺、兄ちゃんに恋しちゃったみたい』
小さな呟きが耳に蘇る。
日だまりはもう、フランスの所まで届いて。
自慢の金髪が乱れるのも厭わずに頭を抱えたフランスは小さく舌打ち。
タバコの微かな臭いが鼻をつく。苦しいのは、フランスだって同じことだった。