甘い光にまどわされそうな



声が、聞こえた。

否、正式には聞こえた気がした。
ゆらゆらと視界が揺れる。ぼんやりと曖昧に揺れる感覚は不思議と嫌ではない。


「…ー」


声が、聞こえた。
否、聞こえた気がした。
いやに鮮やかな色彩が意味もなくちらばる中を(あぁ、こういうのをなんと言ったろうか)中を、歩いていく。
…歩いて、いるのだろうか。そういえば、足もとが見えないのだ。

声が、する。
ゆっくりと声のほうへと向かう、それは、本能に近かった。
色彩は美しさを増す。唐突に思い出した、これは、万華鏡だ。



「…いちゃん!!!にいちゃん!!」



声。
声がする。
ゆるり、とフランスは目を開けた。
視界をほとんど遮るようにして、茶色がゆれている。
その向こうに、電灯。寝起きの目にはその微かな明かりが刺激として強すぎた。
思わず顔を顰める。眩しい。


「起きた?」


茶色が揺れて、にこ、と目の前の顔が笑う。イタリア、だ。
フランスはまだだるい体でなんとか右手を上げた。はいはい起きましたよ。

そのまま頭だけひねって後ろの方を見ようとすると、意図に気づいたのが、彼は笑う。

「もうすぐ夜の12時ってとこだよ、兄ちゃん。」

12時。だとしたらずいぶん寝ていたものだ。そう言えば、けして狭くはないが、広くもないソファに押し込めていた体はあちこちが痛む。
眠ったときは、まだ明るかった。


「お前、なんでいんだよ、ここに。」


ソファの背越しに逆さまになった世界が見える。
まだ重たい頭の中には先ほどの夢の残像が浮かんでは消えていた。
普段は夢など見ないか、見てもモノクロのフランスにしてはいやにカラフルな夢。
ゆらゆら揺れる足元。何もわからなかったが、不安では無かった。むしろあの空間に覚えた感情は安堵だった。


「ん〜なんでかな、なんでだろうね?」


フランスの問いにイタリアは答えず、にこにこといつもの笑みを浮かべたまま。
重ねて質問しようとして、逡巡。結局フランスはそのまま何も言わずに息を吐く。
無駄だ、こういう状態のイタリアははぐらかしてばかりで何も答えない。
ある意味、ドイツよりやっかいだ。それをフランスは知っている。

吐き出した息をそのまま頭を軽く振る。あぁ、本当に鮮やかな夢だった。
足もとも頭上もこころの中まできらきらと光るようだった。
そして、声。そう、声が聞こえた。
はっきりとはしていなかったが、確かに声がした。
鼓膜でなく、脳を揺さぶる声。


「あーあーもう俺も歳だわ。」


ガラにもなくセンチになってる。
目を細めて見た視界の先、イタリアがうんーと曖昧な声。
いきなりすぎた発言に頭が付いていけてないらしい。
困ったように座るイタリアはずいぶん大人びて見える。
そういえば、小さいころからイタリアはずいぶんとフランスに懐いていたのだった。
兄ちゃん、と呼ぶ声は今でもかわらないのだけれど。

あー、と吐き出すように呟いて、フランスは胸ポケットを探る。
なんだか酷く不可思議な気持ちだ。頭の中にまたあのカラフルな光が回る。優しくて愛しい光だった。
ポケットの中には白い箱。煙草。一本加えてそのままソファの背もたれに体を預けた。
頭は重力に従い上をむき、視界には天井が広がる。ライターに手を伸ばして、その瞬間、その手に触れたのはやわらかな感触。
イタリアの手、だ。


「だめだよ、兄ちゃん、寝たばこは危ないんだよー。」

「あー…口寂しいんだよ。」


ライターに届く前に握りこまれた手が暖かい。
柔らかな手はそれでも昔よりもずいぶん大きくなっていた。
口寂しいの?とイタリアが訪ねてくる。態となのか、無意識か、上目遣いの視線に思わず視線をそらしたのはフランスの方。
おう、と答えながら天井を見上げる。ライトの光がまぶしい。無機質な光だ。あの夢の光はこんな風じゃなかった。


「うーん…じゃあ、口寂しくなくなれば、良い?」


イタリアの言葉が聞こえた、瞬間、不意に光が途切れる。
代わりに視界を覆ったのは茶色だった。唇に柔らかな感触。
頬に柔い手のひらの感触がした。暖かい。とても暖かい。
ほとんど本能的にフランスも目を閉じてイタリアの頬へ手を伸ばす。手から煙草が落ちたが、気にしてる暇もなかった。
暖かな体温に飲まれる頭。その感覚はあの夢にも似ていた。本能的に声の方へと引きつけられた、あの感覚。

ちゅ、小さな音がして、ゆっくりと唇が離れる。イタリアはふわりと笑っていた。
幼いころから変わりないようで、それでも決定的に違う笑み。
ボーン、と壁際の柱時計が鳴った。闇に溶ける低音。目の前の茶色がはっとしたように一瞬揺れて、それからまた笑う。


「はっぴばーすでー、兄ちゃん。」


いちばんに、お祝い言いたくてきたんだよ。

笑うイタリアの髪は向こうの電灯と透かして揺れている。
奇麗な色彩。あぁ、そうか、フランスは不意に理解する。



コイツが、あの鮮やかな色彩を持ってきたのだ、と。








HappyBirthday兄ちゃん!!!
今年もももせかさときは仏伊を応援しています