この話は「叶わないはずの夢でした」の続きです。
こちらを最初に読むことをお勧めします。
チェーンに繋がれたのはだれだったのか
眠る彼は僕の隣で優しい寝息をたてている。僕はその彼の首筋に目をやった。彼の首筋は白く綺麗にのびている。その綺麗な首筋に目立つものは二つくらいだ。一つは赤い跡でこれは僕がさっきつけたもの。そしてもう一つ黒い十字のペンダント。あぁ、こんなときでさえ彼はこれを外そうとはしなかった。沸き立つ微かな苛立ち。こんなものに。そう、こんなものに僕はいつも心を乱されてしまう。彼の首筋は酷く綺麗だ。どうにも僕の気持ちはおさまりようがなくて、その荒れた気もちのまま、僕はペンダントトップを手に掴んだ。力任せにそれを引っ張る。
「・・・ったぃ・・・。」
ぎち、いやな音。結局負けたのはペンダントのチェーンでも僕の手でもなかった。僕の行為によって傷がついたのは彼の首筋。そこに出来た擦過傷から薄く血がにじむ。僕は慌ててチェーンから手を離して、その首筋に手を這わせた。指につく赤。彼は顔を軽くしかめたまま体を起こした。
「・・・いた、い・・・。」
「・・・君に傷をつけたかったわけじゃないんだ。」
僕の言葉に彼は一瞬考えるように下を向いて、それから僕へと顔を向けた。僕はてっきり彼は怒ると思っていて、(あぁ、だから怒ったらもういっそこの際そのペンダントごと首をかききってしまうのもいいかもしれないとまで思っていたんだ)なのに彼は怒らずに僕の頬へと右手を伸ばした。彼の手はゆるく僕の冷えた頬を暖める。彼は口を開いた。
「俺、これを外したほうが、いい?」
ペンダントトップを残された左手で弄りながら彼は問う。僕はこたえられない。外してくれたほうがいいと、そういえば彼は外してくれるのだろうか?僕がこたえないと彼は困ったようにまた俯いた。
「俺、ロシアが外してっていうなら、外すよ。」
あぁ、本当はそんなこと言ってほしくなかった。そんな、台詞。その台詞は僕の心を見透かしていた。僕の醜い心をみすかしていた。心に湧き上がるのは苦い思い。あぁ、こんなことを望んでいたんじゃない。こんな風に許されたくなかった。醜い心ごと許されたくはなかった。じゃあ罵ってほしかったのかといわれたらそうじゃない。僕はそんなことのぞんじゃいない。でも、罵られるのと同等くらいにこれは僕には酷だった。彼は僕を許したんだ。この僕を。
『ごめん。』
言おうをした言葉は喉に張り付いてうまく声にならなかった。彼はそんな僕を見て薄く笑う。体重をかけるように僕に張り付くように、彼は僕に口付ける。深く、深く口付けて、その合間に彼は手を自らの首筋に回す。ペンダントの留め金にかかったその手を見て、僕はそっとその手を止めた。握りこんで、そのまま僕の背中に回させる。彼は一瞬少し驚いたように僕をみて、それから笑って僕の首をかき抱いた。あぁ、今は外さなくてもいいよ。それよりもっと僕らはしなくてはならないことが、言わなくてはいけないことが、あるのだと思ったから。口づけをはなして、彼の首筋に舌を這わせる。その刹那、彼の綺麗な首筋に一筋の赤が見えて、そう、彼が僕をいるかぎり彼はこうして少しずつ汚れてしまうのかもしれなくて、あぁ、でも、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
君が許してくれるかぎり、僕は君のそばにいたい。
それでも、ねぇ、僕は君が好きなんだ、わかる?