シンコペーションを刻む心臓
夏の終わりはいつだって唐突にやってくる。ハーゲンダッツのアイスにスプーンを突っこんだまま、アメリカは目を細めて空を見上げた。空は高く青く澄んでもう秋のそれになりかけている。
「夏も終わるなぁ…。」
「あぁ。」
アメリカが座る窓際の安楽椅子の隣、マホガニーの机の前に座る彼は小さくそう返しただけでこちらをみようともしない。アメリカは眼鏡の奥で少し眉をひそめたが、なにも言わずに溜息だけついた。いつものことなのはわかりきったことだし、そうわかっていてここに座っているのは自分の意思だ。ならば仕方ないこと。
「俺は夏は好きだぞ。」
「そうか。」
「だから、夏が終わるのは嫌いだ。」
彼は万年筆を止めようともしない。アメリカはだからアイスのカップからスプーンでひと匙、バニラの塊をすくい上げる。銀色のスプーンから滴るのは白く甘い液体。ぽたり、落ちて、ミルククラウン。
一心に仕事に打ち込む彼の前には、ひとつの写真立てが飾ってある。それはアメリカがここに来るようになる前からそこにあって、そして今でもそこにある。その写真立ての中に移っているのはアメリカではない。今まさに仕事にうちこむ彼と、そしてもうひとり、こげ茶の髪の、
そこまで考えて、アメリカはとけかけたバニラアイスを口につっこんだ。忌々しい、ほんとに忌々しい。物事をはっきりさせないと気が済まないのが自分の性格だとわかっているのに彼のことについてだけはそうじゃないらしい。本当は初めてここに来た時からいやだった。写真立ての中で笑う彼、その横に揺れる焦げ茶の髪とそれよりいくらか薄い茶の瞳。彼には思い人がいるのだ。そしてそれは、自分ではないのだ。
「なんで俺がここに来るのか自分でもわからないな。君は返事してくれるわけでもないのにさ。」
「そう思うなら帰ればいい。」
彼の言葉はあくまで冷淡で的を射ている。だからだ、だから苛々するんだ。なんでこんなに彼は鈍いんだ。イギリス以上じゃないか。大きくついた溜息は抗議のしるし。どうせ彼は気づかないけれど。
「…帰る。」
小さくつぶやいて、空になったカップをゴミ箱に投げ入れる。立ち上がった、その瞬間。
「待て。」
後ろから降ってきた彼の声。思わず立ち止まって振り向く、伸びてきた彼の手。口もとにのびて、拭う。
「アイスがついたままだった。本当にお前といいイタリアといい、どうしてこんなに子供じみているんだ。」
呆れたように漏れた彼の声はもう聞こえていなかった。どきどき心臓はリズムを崩して、自分でもばかげたみたいで。思わず手を振りはらって、そして初めて驚いたような彼の顔に気づいた。だめだ、だめだ。
「…俺は、子供じゃ、ないんだぞ!」
一気に口に出して、そのまま部屋に外に出る。慌てたような彼の声が後ろで聞こえたけれど、そんなのにかまってられなかった。ドアをしめて、背を向けて、息を吐く。
「なんで、こんなに好きだんだろうな。」
わからない。わからない。どきどき心臓は刻むシンコペーション。廊下を歩きながら一つだけ決めていた。明日きたら、彼といっしょに写真を撮ろう。
彼の前に自分との写真をかざってやるのだ。
どきどき初恋シンコペーション。