陽だまりの彼
昼休みの裏庭、陽だまりの中に彼がいた。
彼を見つけたのはほんの偶然だった。イギリスは読書がしたくて、なのに図書館に今日は先客がいたからだ。
それは、アメリカだった。
大きな飛行機の本を広げて、友人たちの真ん中で談笑する彼に不意に覚えたのは苛立ちだった。
アメリカが独立したことを、それほどもう憎んでもいない。
ただ、そう、彼には自分にない新しい世界があるのだということが、なんだか悔しいのだった。
本を抱えて、図書館を出たイギリスにあてがあるわけではない。
ただ、何ともいわれぬ焦燥にかられて歩く、その目に不意に緑が映った。中庭だった。中庭に木があったのだ。
何かに誘われるように外へ出た。芝生の中を歩いていく。
裏庭がこんなに綺麗に整備されているなんて思ってもみなかった。
大きなポプラの木の下、そこでイギリスは立ち止まる。
影に隠れるように、丸くなる人影。
揺れる茶色。先客が、いた。
「イタリア、」
「あぅ…んー…」
昼下がりの太陽はきらきらと光る。ゆるり、目を開けた彼はその眩しさに目をひそめた。彼の瞳は淡い茶色をしている。
それが、日の光に揺れるのは酷く心に響いた。彼のブレザーは着崩されて広がり、その少し先に茶色の革靴が転がっていた。
彼の瞳は住んだように綺麗で、イギリスは思わず手を伸ばしかけた。その向こうでふにゃりと彼は笑う。
薄ら色づいた口が開かれた。
「あーイギリスかぁ。」
おぼつかない口調でそう話し出すイタリアに感じたのは起こしたことへの軽い罪悪感だった。
悪い、そういって走り出そうとするイギリスのブレザーの裾は伸ばされた白い手によって握りこまれる。
振り向くイギリスの前で少し歪んだ顔。イタリアはゆっくりと言葉をつむぐ。
「なんで、行っちゃうの?」
「…邪魔だろ?俺は。」
「邪魔じゃないよ。」
言い切った彼はくすくすと笑った。何故笑うのか解らず、イギリスはそのまま立ちすくむ。
風が吹き抜けて、彼のブレザーを揺らした。ブレザーの袖口から白い手が伸びている。
澄んだような白はどこか病的ですらあり、そのことにイギリスは嘆息する。こんなに彼は白い手をしていただろうか?
そういえば、とイギリスは思った。彼が一人でいるなんて珍しい。
いつも、彼は誰かと共にいるのだ。一人を好み、誰かとの接触をさけようとしていた自分と彼は正反対だった。
彼はいつでも誰かの傍にいた。そういう人間だった。
「珍しいね、イギリスがここに来るの。」
「…たまたま、ここ、通りかかったからな。」
「いつもは図書室にいるもんね。」
笑う彼にイギリスは驚きを隠しきれない。
なんでそれを知っているのか。自分は図書館には一人でいるし、いつも彼はそんな自分を見ていないはずだった。彼はまた笑いつづけている。
笑うたびに茶色の髪がはねた。
窓だよ、彼は言う。指差す先に窓、そこからみえる白いカーテン。
「この上の窓がねぇ、図書室のやつなの。だから見えるよ。イギリスが本読んでるの。」
いつも難しい本よんでるから、凄いなっておもったんだ。
笑う彼をぼんやりと見つめる。弾みをつけて芝生に寝転んだイタリアのブレザーは地面に広がり、それが綺麗だと思った。
イギリスは何故自分がここにいたいのか解らなかった。ただ、彼にはそうさせるだけの力があった。
茶色の髪が広がって、描く微妙な形のコントラスト。
彼がふう、と息を吐いた。裏庭のここでは、校内のざわめきも遠い。静かだ。
「お前、さ。」
イギリスがゆっくり口を開く。イタリアが顔だけこちらに向けた。
「今日は、あの、他の奴らと一緒じゃなくていいのか?」
いつも皆の中心で笑うようなやつだから、この光景がとても不思議に思えた。
イタリアが緩く笑う。顔をまた空へと向けて、上に向かって両手を伸ばす。
その指は綺麗だった。綺麗な白をしていた。
「俺も、たまには一人がいいよ。」
呟くその声は、疲れたようで、寂しいようで、イギリスはそれ以上言葉が紡げない。
何があった、とか詳しい理由は、と聞くことは、酷く無意味に思えた。
ここは、彼の空間であって、そんな理由に興味はないのだ。
ただ、ひとつ解ったことがある。人は皆それぞれ悩みを抱えるものであり、彼もまたその一人でしかないということだ。
彼は上向きに寝そべったまま、ゆっくりと目を閉じる。
あぁ、そうだ、彼の声。
「イギリスも、ねぇ、たまに一人でいるのが嫌になるとき、あるんじゃないかなぁ。」
ふわふわ、眠いのか彼の声はあやふやだ。
そういえば、彼の国には昼寝の習慣があったかもしれない。
「俺、ここでシエスタするんだぁ。ここはね、俺しか知らないよ。だからね、一人が嫌になったらここに来てよ。
一緒にお話ししたらいいよ。」
ね、とイギリスに微笑む彼はもうずいぶん眠いらしい。
呆然と立ったままのイギリスの前で、あくびをする。
風が吹いて、彼の茶色を揺らしていった。
イギリスは、自分の知らぬ南欧の風景を思う。それはとてものんびりとしていて、彼のこころを打った。
イタリアの隣に座り込む。隣からゆったりした寝息。持っていた本を開いた。
顔を上げれば、揺れる白いカーテン。
それを見つめながら、小さく呟いた。
「ありがとう。」
居場所を、作ってくれた君に感謝の言葉を。