Good Night,Baby!!
「いやですよ、いーやーでーすー!!!」
「うるさい!!お前黙れよ!!」
ココアを溶かしこんだような夜の闇の中で言い争う二人。シーランドとイギリス。シーランドが暴れるたびにがたがたと音をたてて何か物が上から落ちてくる。顔をしかめて、イギリスは一度舌打ち。これだから、ガキは。一瞬の隙をついて、シーランドがイギリスの腕をすり抜けた。ドアへと走りだす。
「っこの…!!」
「いやーシーくんは帰るですよー!!こんな変態といたくないですよー!幼児虐待ですよー!!!」
「お前、帰るっつってももう深夜だろアホ!!我慢してここに泊まれ!」
ふらりとこのイギリス本土にシーランドがやってきたのは昼過ぎのことだ。散々国内で遊びまくった挙句、その場でくぅくぅと昼寝なんか始めたものだからイギリスはよかれと思ってここに運んだのだのに。なのに、起きたこいつからは罵声の嵐。やってられない、本当にやってられない。
「お前の家なんかで寝るくらいなら、外の方がマシですよ。」
「ガキが冬に一人で外に寝たら凍え死ぬぞ。」
「うー…。」
はぁ、とため息をついたまま、イギリスは枕をシーランドに放り投げる。突き当りの部屋、使えよ。シーランドはふい、と向こうを向いたまま頷いた。可愛げのないガキだと思う。たとえば、アメリカやカナダは小さいころもっと可愛げがあったような気がするのだが、子供はみんなあぁいうふうなんではないんだろうか。
シーランドが出ていった部屋はしん、と静まって、夜の闇に溶け込む。そのまま、ソファに深く腰かけてイギリスは煙草に火を付けた。
本を片手に、それでも意識が集中できないまま、目を閉じた。夜は好きだ。静かでしんとしているこの雰囲気が好きだ。むかし、そういえばアメリカもカナダも夜が怖いと泣いた。自分はどうだろうか。怖かったのだろうか。思い出せない。
壁際に設置された本棚には日に焼けた背表紙ばかりが並ぶ。その中のひとつは古びたアルバムだ。過去を回帰することをアメリカは嫌ったが、イギリスは嫌いではなかった。日に焼けたページをめくる。アメリカがいる。すぐにおおきくなって、アルバムから姿を消した。それからゆっくりと大きくなるカナダ。独立のときの写真で、彼ははにかんだように笑っていた。アメリカ、カナダ、それから他の国、…?
気付く、気づく、
イギリスは慌ててもう一冊新しい方のアルバムをめくる。日本、国際連盟、戦後会談、EUのメンツ、国際連合。いない、いない、
「シーランドが、いない。」
ばたん、とたん、後ろでおおきな音がした。あわてて振り向いたイギリスの目に映る跳ねた金色。自分と同じ緑の目が微かにうるんで、先刻投げつけた枕を握り締めたシーランドがたっていた。軽く頬をそめて、下を向く。どうした、聞き終わる前に、彼の声が重なる。
「一緒に、いろですよ。」
子どもは、夜を怖がるものだ。
「か、風の音が怖くて、寝れないですよ。」
彼は、まだ子供なのだ。
シーランドはもともとイギリスが要塞として作った国だ。生まれたとき、イギリスは戦争の最中で構ってもやれなかった。彼はよくいっていた。戦争が終わったら遊んでください。イギリスは思う。どう答えていただろう。頷いていたのではなかっただろうか。戦争が終わり、その後の混乱のなかで、シーランドは勝手に独立させられていた。承認も受けられないまま、帰る場所もないまま、甘えることも知らずに、だから。
「…そこのベッド使えよ。」
「な…シーくんはお前となんか寝たくはないですよ!ただ、風が止むまでここにいるだけですよ。」
「そこで寝ろって。俺はソファでいい。」
シーランドは少し目を伏せて、そのまま何か呟いて、ベッドに走り去る。ばふ、と軽い音が響いた。イギリスはココア色の闇を見つめる。アルバムを閉じて、後ろで不貞寝する子供のことを考えた。なぜだか、酷く愛しくなった。
「今度、写真とろうか。」
「…いきなり変なやろーですね。」
「黙れよクソ餓鬼。」
それでも、シーランドはそれ以上いってこないから、了承ととらえていいのだろうとイギリスは勝手に頷く。とりあえず、物置のカメラはまだ動くかどうかばかりがイギリスの今の心配であった。
これから思い出作りをしようか