小マユは大マユの夢を見るか




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深い闇の色は溶かしたチョコレートみたい。ぼんやり闇に手を伸ばしながらシー ランドは考える。
世界会議に勢い付けて乗り込んだものの、その後どうするかなんて考えてなかっ た。そう、たとえば、こんな夜遅くには自国(だとあくまでシーランドは主張する) まで飛ぶ飛行機がないとか、自分のための部屋があるはずもないとか。

『俺の部屋、使えばいい。』

伸ばされた手の先、自分とよく似た緑があった。

『子供が夜遅くまでうろうろしてるもんじゃねぇよ。』

大人向けに用意されていたベッドはシーランドには少し大きすぎて、湧きあがる のは微かな寂しさ。イギリスはまだ話し合いがあるといって出ていったきり戻っ てこない。きっと、寝るための時間を与えてくれているのだ。見られていては寝 れないだろうと時間をくれている。シーランドは弾みをつけてシーツに潜り込ん だ。
微かに覚えている昔のこと。彼は、自分でシーランドを作っておきながら、見捨 てた、なのに

「いまさら優しくするなんて、あいつはいつも勝手なのですよ。」

イギリスの自分勝手な行動に憤りを覚えながら、それでもシーランドはそっとシ ーツを握りしめて離さない。
ベットから起き上がってこの部屋を飛び出す選択肢だってシーランドには確かに 与えられていた筈なのに、そうして闇の中を一人彷徨う気にはなれなかった。
別にイギリスの人肌が恋しい訳じゃないですよ。
心の中で半ば言い訳染みた事を呟きながら、シーランドは体の向きをずらしてシ ーツから少しだけ顔を出し天井を見上げる。
誰だって冷たい廊下に寝泊まりすりより、ベッドのある温かい部屋で安らかな寝 むりにつきたいに決まっている。
だから自分の行為は何ら間違っていないのだと、シーランドは自分に言い聞かせ た。
イギリスに甘えたいだなんて子供っぽい考えを自分が持っているとは、意地でも 認めたく無かった。
例え体が子供の姿をしていたとしても、シーランドは普通の人の子供よりは遥か に長い時間を生きている。
だから今更誰かに子供の様に甘えたいだなんて気持ちを持つ事は恥ずかしい感情 だとシーランドは感じていた。

「大体、人数分部屋を用意しておかない方が悪いんですよ」

自分が勝手に呼ばれてもいない会議に入り込んだ事は棚に上げて、不満気な表情 でシーランドはぼやいた。

「シー君は国なんですから。立派なひとつの国なのですよ、なのにどうして、」

……どうして、

自分で、その問いの主題がわからずに、シーランドはぎゅうと強く目を瞑る。そ うだ、どうして自分は国になりたかったのだろう?国は大変な事ばかりだと、こ の前の会議で会った何処の国かも零していた。戦争の要塞のために造られたとい う、自らが生まれた理由からもその事は十分わかる筈だ。否、わかっていた、は ずだ。

戦争が終わり、平和が戻った。シーランドも喜ぶべき筈の事だったし、また実際 に喜んだ。しかし、徐々に要塞内の人口は減っていき、ついには片手で数えられ る程になり、周りからぬくもりが消えていくその感触に言い知れぬ不安を感じた のだ。
どうしよう、どうすればいい。孤独におびえながら辿り着いた答えが、

「……そういえば、そうだったですね」

国になれば。
立派な、ひとつの国になって、存在理由をもう一度手に入れる事が出来たなら。

きっと、近くて遠い彼だって、自分を見つめてくれるから。

シーランドは、思わず笑っていた。
結局自分は子供っぽい考えに支配されているだけなのだ。
広いベッドが寂しい、なんてことを恥ずかしいと思うなんて、今さらだ。自分は ずっとずっと、イギリスに認めてもらいたくて、構って欲しくて仕方が無かった んだから。
そうだったんですね。
シーツを握る手に力をこめる。甘えたい、構って欲しい、そんな感情は、恥ずか しい。けれど、一度認めてしまえば、それは案外すとんとシーランドの心に落ち てきた。認めてしまえば。
シーランドは、小さな頬をベッドに摺り寄せた。
じゃぁ、今あいつに甘えたいと思うのだって、今さら恥ずかしいなんて思う必要 もないんです。
シーツには自分のぬくもりしかない。でも、きっと数時間後にはもう一つぬくも りが加わるから。シーランドはそのぬくもりを思い浮かべながら目を閉じた。
きっと明日には、また、言い争いをするんだろうけど。
今くらいはあいつを想って夢を見たって、いいですよね。