「何を、しているの?」
彼は、いつもこうだ。
揺れる日の光の下で、ゆったりと読書をしていたイギリスの前に突如現れた黒い影。
慌てたイギリスは、持っていた本を落としてしまう。
ばさり、落ちた本は開いたまま転がり、吹き抜けた風にページが音を立ててめくれて行く。
あぁ、とイギリスは溜息。くそ、どこまで読んだか解らなくなった。
「ごめんね。俺、驚かすつもりは、なかったんだけど。」
わたわたと慌てたようにしゃがみこむその茶色が風に揺れる。本を拾い上げた彼はそれをイギリスに手渡しながら、すまなそうに俯いた。
「本当に、ごめんね。」
彼は、いつもこうだ。イギリスと同じ(とは言っても、彼はいつも気崩しているものだから、同じにも見えないのだが)
紺色のブレザーが風を受けて膨らむ。
彼、はイタリアだ。ヨーロッパ組の勉強面でのおちこぼれ。
そして、芸術面での優等生。
「…いきなり、声かけんなよ。」
「ん、ごめんね。」
「…まぁ、許してやらないこともな、ないけどな。」
ごめんなんて、素直に言うものだから、思わず調子が狂って、どもってしまった。
それでもその言葉を聴いた彼はイギリスの前でにこ、と笑うのだ。
ありがとう、弾んだ声。
何がありがとうなんだかわからずに固まったイギリスの手を彼が握りこむ。
自分のよりも丸っこい手は、柔らかく暖かい。
「そういうこと言うときは、イギリスは大抵もう許してくれてるもんね。」
笑う、笑う。風が吹いて、近くの花びらを散らしていった。
イタリアがそれを見て叫ぶ、わぁ、綺麗だね。
彼は、いつもこうだ。人懐こくて、甘え上手で、彼のそばにはいつも誰かがいた。
『イギリスは凄いと思うよ!』
前にイギリスがぼんやりとそのことを零したとき、彼はそう言った。
『俺、誰かに頼らないと駄目なんだぁ…。だから、イギリスみたいに、何でも一人でできるのって凄いと思う!』
そんなことはないのだ、とイギリスは思う。誰かに頼るには、それなりの強さが必要なのだ、とそのこともイギリスは知っていた。
陽だまりの中、イタリアが歌いだす。風のメロディーにあわせたような緩急のついたメロディーはその場の空気に溶けて消える。
あぁ、イギリスは俯いた。どれだけ頑張っても得られないものはここにあるのだ。
なにか、自分に足りていないものは、ここにある。
「こんな、天気のいい日に一人で本読んでて、寂しくないの?」
不意に歌が途切れて、はたとイギリスが顔を上げた先、そこにイタリアの姿。
逆光になったその表情は見えない。ただ、その声音は自分を馬鹿にしているのでも、哀れんでいるのでもなかった。
純粋な問いだった。なのに、いや、だからか、答えは浮かばない。
馬鹿にされたのなら、言い返せばいい。哀れみなら、いらないといえばいい。
純粋な問いには、答えようがないじゃないか。
「寂しいわけないだろ。俺はうるさいのが嫌いなんだ。」
「そうな、の?」
彼はふい、と首をかしげる。
遠くでチャイムがなった。5限が始まるのだ。
「あぁ、いかなくちゃ!」
走り出す、彼の髪は茶色。
イギリスはそれを見送るしかない。
めくれた本の中、1文がふと目とびこんだ。
『人は、自分にないものを持つ人に恋をする』
ゆっくりと目を閉じて、風の中を走っているだろう彼を思う。
「さみしいんだ。」
本当は凄く。
揺れる陽だまりの中、彼が振り向いてくれたらいいのに、と不意にそう思った。
本当は君がうらやましい。