リアルム



風が吹き抜ける室内。ぼんやりと窓際の椅子に腰掛けて座る。

また、だ。また、



「眠れなかった。」



窓枠に寝不足でだるい体を預ける。
シエスタには早すぎる時間なのに、体が重い。
でもどうせ、シエスタのときすら、眠れないんだし。


窓の外を、風に煽られた花びらが飛んでいく。あのときもこんな風に花びらが散っていた。
あぁ、そうだ、


「お菓子をやかなくちゃ。」




約束、したもんね。




今日何度目になるかわからないその台詞を吐いて、それからまたため息。
だるい頭を腕に埋めて。



お菓子を焼いても意味はないんだよ。
彼はあの日の約束を守らなかった。



だから、おれもやくそくをまもれない。



『戦い終わったら、絶対会いにいくからな!』



そういって戦争に行った彼を見送ってから、もうずいぶんたっちゃった。
彼は約束を守らなくて、いつまでも帰ってこなくて。
もう二度と帰らないだろうとオーストリアさんから聞いたとき、俺の一年の過ごし方は少し狂ってしまった。




この季節は、眠れない。
だって帰ってきそうなんだもん。




「待ってるよ。神聖ろーま…」



俺は、約束、忘れてないよ。








頭が重くてしょうがない。
ゆっくり目を閉じてみるけど、眠いくせに、全く眠れはしないんだ。
昨日もこんな感じだった。
眠れなくて、思わずちょっと泣いちゃって。





ドイツが、頭なでてくれて。




「やっぱり似てるんだよね…」



ドイツと、神聖ローマ。
昔、まだ俺も神聖ローマもオーストリアさんとこにいたとき、俺が泣いてると彼はいつも頭をなでてくれた。
もちろん、はずかしがりだから、堂々と撫でるわけじゃない。さりげない風に。てれながら。


それ以外にも、ときどき似てるなって思うときがある。
恥ずかしそうに、照れた顔とか、素直に物事を言えないとことか。

だから、前に聞いてみたことがあった。


『昔のこと、覚えてる?』

って。

そしたら、ドイツは凄く困った顔をしてから、『記憶が無い』と言った。
覚えてない、らしい。


嘘をついてる顔じゃなかった。




『そう…』



でも俺は、曖昧にしか返事できなくて。





心のどこかで、ドイツが神聖ローマだったら良かったのにとか、そんなことかんがえてるんだ。
無意識にそう思っている。





そんな自分は好きじゃ、ない。







「…イタリア」





どのくらい、ぼうっとしていたんだろう目を閉じてた、その闇の向こうから、声。




「ドイツ?」




閉じてた目を少し開けて、重たい頭ゆっくりあげて。




「どしたのー?」



笑って見せたのに、ドイツの表情は緩くならず。


うーん…俺、まずいかなぁ…。




「いや、その…なんだ。」




そんな俺を見つつ、どもりながら、ドイツは何かを取り出した。



これ…


「はちみつ?」


言ったら、ドイツはさらに焦ったようになる。



「いや…眠れないときはどうしたらよいかを本で調べたんだが、はちみついりのホットミルクがいいらしいからな。だからその…だな。」



少し、視線を彷徨わせて、そして、



「つきあってやらんこともない、といったろう、昨日。」



眠れるまで、つきあうから。






とたん、なんだろう。いきなり、いきなり心が熱くなって。
とうしようもなく滲む視界に俺のほうが戸惑って、ドイツにきつくハグをする。


ドイツは焦ったみたいに手を空に彷徨わせてから、ゆっくり俺の頭を撫でた。



それは、神聖ローマの撫で方に似ている。


でも、もう、俺にとって、ドイツが神聖ローマかどうかってのは、関係なかった。
いや、もしかしたらもうずっと前から、関係なかったのかもしれない。
神聖ローマ裏切るみたいで、怖かっただけで。約束を、守りたかったから。
せめて、彼がいなくなったこの季節だけでも、彼だけを想う


でも今、はっきりわかったよ。

俺は、


ドイツが、こうしてくれるのが凄く、凄く嬉しい。
ドイツが、俺のためにここにいてくれるのが、嬉しいんだよ。

俺は、眠れないときドイツに会いたくなるのはドイツが神聖ローマに似てるからだと思っていた。
けど違うんだ。きっと、いつのまにか、そんなことは理由じゃなかったから



多分、そろそろ引き際だったんだ。
俺は、きっと神聖ローマがもういないって事実を認めたくなくて、だだをこねてただけだった。
それは、もう終わりにしよう。




さよなら、神聖ローマ。
決して忘れることはないけれど、待つのはやめにしようとおもうんだ。
ごめんね。そしてありがとう。






暖かいドイツの腕の中。頭が霞んでいく感覚。



「…ねむたい、かも…」

「そうか。」

「どいつ、一緒にいてくれる?」

「付き合うといったからな。」



そっか、と呟くのも億劫なくらい、もう眠りはすぐそこ。




もう、眠れない夜はおしまい。









霞んでいく意識の中。ドイツの体温だけがリアルで。
あぁ、そうだ。起きたら、お菓子を焼こうかな。






俺を支えてくれてる、大事なひとのために。







すいません…まだ続きます。