はじまりはそう、春の日だった
春、だ。
公園のベンチに腰掛けて座る。
今日は、久々の休みだった。本当に久々の。
最近は仕事ばかりで、ずっと休みなんて無かった。
だから、家にこもっていたくはなく。
かといって、街中にでるには、疲れがありすぎた。
そんなとき、公園というのは、本当にいい場所だと思う。
ここは公共の場でありながら、どことなく自分の空間を作れる場所だ。
そっと、ため息一つ。
春、だ。
背もたれに背中をあずけて、見上げた空は、春の空気に霞んでいる。
春はどこもかしこも霞んだような色。
境界が、曖昧になるような気だるい空気。それが春。
その空気に飲まれるように、目を閉じる。
闇に飲まれた視界に、微か、花曇りの空の残像が揺れた。
「…どいつー。」
聞き間違い、だろうか。聞きなれた声が。
「どいつってばー。寝てる?」
…流石に、幻聴じゃないだろう。
2度目の声にうすら目を開けたら、さっきまで空が支配していたはずの視界に映る、焦げ茶の髪。
「イタリア、か?」
声をかけたら、その髪が嬉しそうに揺れた。
「うん!おはよう、ドイツ!」
イタリアが、笑う。それこそ花が咲いたように笑うから、放ってはおけず、ゆっくりと体を起こした。
それに合わせるようにして、背もたれの後ろにいたイタリアは、ベンチの前にまわる。
ぱたぱた、とか擬音語のつきそうないつもの走り方。
「めずらしいね。ドイツがあんなふうにねてるなんてね。」
「休みだからな」
「うん、知ってるよ。だからきたんだもん」
微妙に、会話がずれている気がしなくもないが、訂正も面倒だ。
まだぼんやりした頭で周りを見渡すと、ある事に気づく。
「なんだか…」
「カップルが多いね。」
考えていた事を先に言われた。少し驚いてイタリアを見たら、彼はいたずらっぽく含み笑い。
「仕方ないよ、春は、恋の季節だもん。」
恋の、季節、か。
どこにでもありそうな、陳腐なうたい文句。
気だるい空気の中、緩く風がふいた。イタリアのこげ茶の髪はなびいて彼の目に掛かり。
一瞬顔を顰めたイタリアはそれを払う。
今日は、こいつも休みなんだろうか。何時もの軍服じゃなくて、今日はラフな服装だった。
「何しにきたんだ、お前は。」
「理由なかったら来ちゃだめなのー?」
軽くたずねた言葉に返って来たのは、拗ねたような返答。
少し返答に困って詰まった俺をみて、イタリアはまた楽しそうに笑う。
明るい声。
その声は、春のぼんやりした空気に溶けこんでしまう。
目の前に座ったカップルには、既に聞こえてはいないようだった。
春の空気はいろんな物を溶かしこみ、包み込む。
おだやかで、そして重い。
「これ、持ってきたんだよ」
イタリアの声に慌ててそちらを向いたら、視界が一気に桃色に染まった。
「これは…」
「花束だよ。」
ももいろの花束。
「兄ちゃんとこにさいてたんだよ。兄ちゃんとこは暖かいからもう花がたくさんあるんだ。」
渡された花束は、甘く気だるい香りがする。
はるの、かおり。
「ドイツの部屋って殺風景なんだから、飾りなよー。」
身振り手振りしながら話すイタリアもまた、春の空気に溶けこんでいた。
その身振りに合わせて揺れる髪に、ちいさな桃色。
花びら。
思わず、立ちあがって手を伸ばす。
「どしたの、ドイツ?」
「いや…髪に…」
イタリアは俺よりも少し背が低い。そのうえ首をひそめたものだから、自然と身を屈めなければいけなくなる。
髪についた花びらにそっと手を伸ばす。花びらに触れて
そこで、こちらを見上げていた、イタリアと目が合った。
その距離、10cm。
ぼんやりと開いたままの目には、自分の姿だけが映っていて、それがとても不思議で、そして…
そして?
「ドイツ?」
その言葉に、はじかれたようにイタリアから離れる。
顔を上げたら、あいつは怪訝そうにこちらを見ていた。
「どしたの?」
「いや、髪に花びらがついていたから、と…取ろうとだな。」
少しどもりながらイタリアの髪を見る。そこに、もう花びらの姿はない。
「…いや、もうとれたようだ。」
そう…と呟きながら、イタリアは髪を梳く。
その姿に、さっきのおおきな瞳が被った。
自分だけ映した、あの。
「…すまん、用事を思い出した。先に帰らせてもらう。」
「え?えードイツー!?」
後ろで叫ぶイタリアには悪い気がしたが、もう一度すまない、と謝って早歩きで公園を後にする。
ここにいたら、なんだか大変なことになりそうだった。
残された花束から香るのは、甘く気だるい春の香り。
春は、危険だ。
全てをつつみこんでしまうその中ではあまりに多くのエネルギーが気だるさを生む。
そして、全ては曖昧になって。そして、
おしとどめていた何かがあふれそうで。
それが何かすら、解らずに。
桃色の花びらの残像がちらついては消える。
春は、なにかとんでもないものを、つれてきたようだった。
いいわけ
しばらく文章書いていなかったら、なんかもうとんでもないことになった。
もう知るかよ、ちきしょうが!しかし、春題材は書きやすいです。