真っ赤な糸



ぼんやりと僕は窓から下を見る。
窓からのぞく世界は凶気に満ちていた。

…世界が終わるんだっていうんだからそりゃあ仕方ないよね。
誰だって、しぬのは怖いもん。


「…ロシアさん。」


声に振り向いたらリトアニアがたっていた。
緩いウェーブの髪が揺れている。

「何か、はおってください。まだ夜は冷えます。」

彼は、落ち付いているなぁと僕は思う。
手渡されたのは白いブランケット。
向こうで彼は落ちていた本を拾って棚に戻している。
紅茶でも飲みますか?と一言聞いてきた。

「いや、いいよ。」

なんでこんなに落ち着いていれるのかな。
くるくると働くリトアニアをみながら思う。
もうすぐ死ぬのにそんな働いてさ。

「ねぇ、リトアニア?」

「はい?」

テーブルを拭いていたリトアニアが顔をあげずに答える。
揺れるこげ茶の髪。

「君は、反乱とか起こそうとは思わないの?」

手が止まった。
す、とあげられた顔。そのまま彼は小首を傾げるような仕草をする。
どうしてですか?と呟かれたのは疑問。
僕はぼんやりとそれを見つめて

あぁ、そんな偽善はいらないよ、いつも君はいい人なんだから


「…もうすぐ死ぬんだよ?今なら僕の軍隊はほとんど役にたたない…自由でいたくはないの?」

「あぁ、そういうことですか。」


僕の言葉にリトアニアはふと笑う。
下を向いて始めたのはテーブル拭きの続き。
「そんなの、どうせもう死ぬんですし、いいです。…俺は最後まで、ロシアさんのとこに いますよ。」


嘘、だ。

なんだろう、その言葉を聞いた時、不意にわきあがったのは言いようもない苦しみだった。
嘘だ、僕のそばにいてくれるなんて嘘だ。
侵略された国がそんな甘いこと言ってくれるもんか。

いつだって、リトアニアは僕に優しかった。
何故?僕に対する憐れみ?こんなときまで君は僕のことを憐れむの?
そうだ、そうなんだ。気づく、暗い考えに。こんなだから、僕は最期まで独りなんだ。
もう嫌だ、と思う。偽善者は、いらない。

「はっきりと、嫌だと言えばいいのに。」

「…ロシアさん?」

「僕のこと、本当は嫌いなくせに、」

「そんなこと、ないですよ…落ち着いてください。紅茶でも…」

「うるさい!」

なんだかもうすべてが嫌になった。
死ななきゃならないこと、僕は結局一人だってこと。リトアニアが優しい言葉しか吐かないこと。

向こうでリトアニアが困ったようにそれでも優しく笑んでいる。
嫌だ、そんなものは見たくないんだよ。いやだ、

全てがすべてが


どん!


それは、衝動。
その衝動のまま思わず、僕は身につけていた短銃の引き金を引いていた。
目の前でリトアニアが何か言葉にならない叫びをあげながら倒れるのが見える。
赤のしずくの残像。どさ、と鈍い音が響く。


「どうしたんですか、ロシアさん…ってり、リトアニア!!!」

音に気づいたのかばたばたと走ってきたのはエストニアとラトビア。
床を赤く染めながらのたうちまわっているリトアニアを見て、きゃああとラトビアが一回叫んだ。


「何を…何をするんですか!ロシアさん!!」


エストニアが睨んでる。あぁ、そう、それなんでしょ?
君たちはいつも僕をそんな風に憎しみの目で見てるんでしょ?


「うるさいよ、君も。」

ぱん、ぱぁん

僕はなんだかもう良くわからなくて、ただ目の前にいるエストニアに向けて引き金を引く。
弾の飛び出る音は馬鹿みたいに軽い。
こんなもので僕らは死ぬんだ。あっけないものだね。

「あ、あぁああああ」

エストニアが血を吹きながら地面を這う。
その様子を見ながら、いやあああああ!とラトビアが声の限りに叫んだのが聞こえた。
もつれる足を引きずりながらなんとか逃げようとする。
あぁ、駄目だよラトビア。


「背中を向けて逃げるのは危険だよ。」


その背中に向けて何回か鉛玉を打ちこむ。
あぁあと意味不明な言葉を叫びながらラトビアはそのまま倒れた。
あぁほら、だから背中は向けちゃダメっていったんだよ。

血濡れた匂いがする。
改めて見た世界はとても静かで赤にそまっていた。
ほら、ほら

「僕は、ひとりだ。」

結局、どこまでも僕は一人、でしょう?

窓の外を見る。外は喧噪と凶気の渦。
寂しいな、どうせ僕は



どん!



どこかで、聞きなれた音。
短銃の引き金の音。

どこで発砲が?
そんなことを思う間もなく、背中に鋭い痛みが走った。
熱い、熱い、あつい

室内の方に顔を向ける。
僕の目の前、向けられている銃口。血ぬれの震えた手が、銃をにぎっていた。
揺れたのは特徴ある癖っ毛。

「…りと、あにあ」

リトアニアの手にはまだ煙をあげる銃口。
床に倒れたまま青ざめた顔でそれでも彼は振り向いた僕にほほ笑む。
優しい笑顔だった。いつもとかわらない、ずっと側にあった笑顔。

ぱぁん

もう一回、銃声。リトアニアの手の中で銃が揺れる。
お腹のあたりに熱い痛み。立っていられなくなって僕は床に座り込んだ。

はぁはぁと息が上がってどうしようもない。
リトアニアが力尽きたように銃を離した。
転がる黒い銃身


「どうし、て、」


訪ねた僕にリトアニアは笑った。
優しい顔。僕が欲しかった何か。でも手に入らなかった、なにか。


「ずっと、側にいるって、いったじゃないですか。」

震える手が、僕のほうにのばされる。


「ろしあ、さんを、ひとりには、しませんよ?」

あぁ、ねぇ、君は

伸ばされた手にむけて僕も精いっぱい手を伸ばした。
指先が触れる、冷たい。
夜はまだ冷えるもんね。

さっきリトアニアがくれた白いブランケットはもう赤で染まっていた。
命のいろ。

意識が遠くなる。死ぬのかな。
でも、なんだろう、怖くないね。

遠くに見えるのはエストニアとラトビア。
赤に染まった部屋とブランケット。
つながれた指先。その先に微笑みのまま目を閉じたリトアニア。

あぁ、そう僕は今、ひとりじゃ、ない。
目を閉じる瞬間僕が浮かべたのは、まぎれもない微笑だった。







あぁ、なんだろう、とても、しあわせだ。