今日も彼はドアの隙間から僕らを見ている。
きみがすき
「…君は、いつもぼくらのことを見ているね。」
「な、なんのこと?」
春の近づいた景色の中、歩いていた彼を捕まえて、そんなことを行ってみる。とたん、うろたえた彼の前で僕は笑った。彼は気まずそうにうつむく。さまよう視線。何かを言おうとして、それでも言えず、ちらり、と僕を見上げた。澄みきった茶色は僕の好きな色。
「…お、おれ、用事あるから、。」
「待ってよ。まだ話は終わってないよ。」
走り出そうとした彼の手をつかんで止めると、彼はまた酷い顔になった。怖いのかな?いや、後ろ暗いところがあるのか。
「いつも、どうして僕らのこと、見てるの?」
彼はふるふると首をふるばかりで何も答えない。僕はその姿を見てまた軽く笑う。僕がドイツくんと同盟を結ぼうと話し合いを始めたころから、彼は僕らの姿をずっと見続けているのは知っていた。昼寝をしているように思わせて、外に出て行ったように見せて、そっとドアの隙間からこちらを見ている。僕はそんな彼を見て微笑むのだ。彼は普段自由奔放で、何にも執着していないように見える。自由に、純粋に。そんな彼が唯一ひどく人間くさく、生々しい感情を見せているとしたら、それはこの瞬間だ。この瞬間、彼はひたすら自分の感情で動いている。ようするに、
「ドイツくんを、とられたくないの?」
彼の背中がびく、と動いて、それからふるふると震えた。見上げた目には恐れと、それからもうひとつ違う感情。羞恥。手が、震えている。彼は認めたくないらしいと気づいたのはつい最近だった。彼は自分が僕に対して一種の嫉妬を感じていることを認めたくないままでいる。ドイツくんに執着し始めている自分を嫌っている。重荷になるのを嫌がっているのだ、と。
「最近、かまってもらえないんだもんね。それはさみしいよね。かわいそうにね。僕と話し合いばかりで君はほったらかし。覗きたくなってもしょうがな、」
「黙ってよ!!」
強い言葉に黙った僕の前で、彼は耳を押えて震える。黙って。彼は呟くように言って。目を伏せた。僕の前、彼の姿。ねぇ、その姿は僕以外には見せてないよね?僕にだけだよね?それがわかっているから、僕は君のそんな姿を少し楽しげに見つめていられる。君が好きだよ。明るくきれいなところで暮らしてきて、けがれを知らない君が好きだよ。そしてそんな真白な君をもし暗い感情で汚しているのが僕だとしたら、そんな光栄なことはないね。
「ねぇ、イタリアくん。」
「…しずかにして…。」
「ねぇ、イタリアくん、聞いてよ。ぼくね、君が好きだよ。好きだけど、君を苦しめているのが僕だとしたら、僕はとても悲しいんだ。だから、ね。」
ぼくのころしかたをおしえてあげようか?
その瞬間、彼はぱ、と顔をあげて、涙にまみれた表情を僕に見せた。そんな彼に僕は微笑む。ひたすらに優しく。彼の手を取って、僕の胸へ。彼の手は僕よりもずっと暖かくて、それがとても幸せだった。
「ここを、打ち抜けばいいよ。君にあげるよ。そしたらドイツくんもすっと君のもの。いいでしょ?」
彼の手が震えている。彼は手を握って、開いて、それからまた首を振った。ぽたぽた、涙が落ちて沁みになる。
「できないよ…できるわけないよ…ロシアのことも…大切だよ…。」
うそつき。うそつき。ドイツくんと比べたら、僕のことなんかちいさな存在のくせに。それでも君はそうやってやさしい嘘をつけるくらいにとてもきれいで優しいから、だからこんな僕みたいなやつに好かれるんだ。彼は泣いている。僕はそっと彼を抱きしめた。暖かな体温はきっと僕がどれだけ望んでも手に入れられないものの象徴だ。
ドイツくんが、君のことをひどく気にかけている、と、僕が君を欲しいといったとき、なによりも強い言葉で拒否してきたと、そのことを彼に言おうとして、それでも言わない僕は、たぶん世界で一番酷い。
嫉妬とか認めたくないものとか、いろいろあるよね。