夏の匂い




夏というのは本当に不思議なもので、なにかとエネルギーに満ちて。
その割りに、救いようも無いくらい暑いものだから、妙に疲れたりもする。

そして、なにより不思議なのは、それは終わりを迎えると何か今までの暑さが嘘みたいに身を潜めてしまうこと。
夏は、本当によくわからない。



「暑いよ、兄ちゃん。」

「うっせぇな。俺もなんだから我慢しろよ。」

何かよくわからないけれど、暑いものは暑いんだ。
部屋のベッドでロマーノ兄ちゃんとふたり横になって、俺はそのまま小さく溜息。
暑いよ、ほんと暑い。

時刻は昼下がり。時間的に言えば、シエスタの時間。
だけどだめ、暑すぎ。
開け放たれた窓の向こうに白い雲。暑すぎて寝れない。寝返りを打った先に、兄ちゃん。
こっちを振り向きもしないで、雑誌に夢中。
つまんないよー。俺暑いのにー。
上半身だけ起こしてそのまま、兄ちゃんの腕に張り付くように身をよせる。

「何読んでんの?」

「関係ないだろってか暑いっつの!」

だってぇーと言ってはみるけど、兄ちゃんの前髪にある俺のと似た髪の跳ね返りが力なく垂れていて、あぁ、俺は納得。
そっか、ほんとに暑いんだ。
でも、くっつくのはやめたくないよー。
うー…って呟いていたら、兄ちゃんが溜息つきながら言った。
扇風機つけろよ。


「あーうん、つけよー。」


そうだ、思い出した。扇風機があったんだった。
古びた緑の扇風機は以前日本がくれたもの。
日本の家ではもう売れないらしい。変なの。まだ使えるのにな。

「にいちゃーん。どれ押すとつくの?わかんないよ。」

「適当に押せよ。つくから。」

「えー…。」

漢字とかいう文字で書かれたボタンは俺には読めない。
適当に、って言われたから、本当に適当に押す。
端っこからおしていったら、二つ目で羽が回り始めた。
どうやら右にあるボタンほど、押すとたくさん回るみたい。

一番強いところにして、その前に座った。

ぶいーんと小さな音を立てて回る扇風機からは涼しい風。
あーって声をあげると、ぶるぶると声が震える。
俺、この遊び大好き。

兄ちゃんがこっちを振り向いた。

「どけよ、風こないだろ!」

「ヴェーだってさぁー。」

涼しいから離れたくないんだよ。
それでも、やっぱり兄ちゃんも涼しくしてあげないと可哀相だよね。
俺はちょっと助走をつけて、そのままベッドにダイブ。
兄ちゃんがちょっと顔をしかめたけど、えへへ、って笑ったらそのまま雑誌に目を戻した。

扇風機から風がきてる。
上をみると、白い雲は少しずつ動いて、その向こうには青い空。


「ねぇー兄ちゃん。」

「なんだよ。」

「何読んでるのー?」

「雑誌。」

「それは解るよー。」

「なら聞くなよな。」


兄ちゃんはつれない。
俺は溜息ついたまま、仰向けに寝転がって。
そうしたら、天井と一緒に青い空もちょっと視界に入る。
結構いい感じ。
風は心地よく空気を揺らして、どうしよう、少し眠いかも。


「にいちゃーん…。」

「なんだっつんだよ。」

「すきぃ。」


とたん、ぴたって兄ちゃんの手の動きが止んで、それからあっそ、と言葉が返ってきた。
俺は上を見たまま笑う。
あっそって言うときは、だいたい兄ちゃんは悪い気分じゃないときだもんね。
笑ってたら、ふと顔に影が落ちる。
目を開いたら、すぐそばにロマーノ兄ちゃんの顔があった。


「笑ってんなよ。馬鹿。」


そのまま唇が近づいてきたから、俺も目を閉じてそのままキス。
触れた唇は汗でちょっとしょっぱい。
風に煽られたのか、兄ちゃんの読んでいた雑誌がめくれていた。
海が写ってる。青い海。

キスはなんだか止まらなくて、いつも間にか、視界には兄ちゃんだけ。
ボタンを外そうとしてる手をぼんやりと肌で感じながら、明日は海に行きたいな、とか考えた。

夏が、終わっちゃうまえにさ。







なんだか海に行きたくなった。
リクエストありがとうございました。