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オーストリアさんの家を出てからの道は長いけど、一本道だから楽。緑の道をぽつりと歩いていく。彼の家にいったけれど、結局何も解らなかった。いや、ひとつだけわかったかな、俺は、何か隠されてる。彼に、隠されてる。
『忘れなさい。』
彼の言葉が俺の頭にささる。わすれられるのなら、忘れたいよ。忘れられないから言ってるのに。上から照りつける太陽にふらつく頭。どうしたのかな。立ち上がったわけでもないのに。くらくらする頭を抱えて歩く。頭をいろんなことがめぐる。夢の内容、オーストリアさんの表情。そして、彼の言葉。忘れなさい。何を?何を忘れたらいいの?俺は、何を忘れているの?くらくら頭が痛い。痛い。不意に、胸が詰まるような感覚に襲われた。気持ち悪い。ついでにいうと、お腹が痛い。
足もとが、浮いたような、気分。
「イタリア!!」
一瞬、意識が飛んだ。
ざぁ、と耳元で嫌なノイズ音がして、目の前が白に染まる。足元の感覚が消えた、と思った次の瞬間、俺の体は暖かな腕の中に抱きこまれていた。ゆっくり目を開ける。飛び込んでくる金色。それから澄んだ青。あぁ、
「どいつ。」
「動かない方がいい。貧血だ。大丈夫か?」
あぁ、貧血かぁ。だからこんなにくらくらしているんだ。残念だけど大丈夫とはとても言える状態じゃなかった。目の前の色彩が妙に暗い。駄目、なんか気持ち悪い。
「俺がオーストリアのところを訪ねるところで良かった。ふらふらしていたから、心配で声をかけようかと思っていたところでお前が急に倒れたからな。」
彼の声が遠い。それでも彼の体温が腕から体全体に広がってなんだかとても幸せだった。好きだ、好きだな。ドイツの腕はとても心地いいと思う。俺が女の子だって解ったらドイツは俺のことを好きになってくれるだろうか。俺はふとそんなことを思う。俺のこと好きだっていってくれるだろうか。俺のことを愛してくれるだろうか。愛…?あいしてほしいのかな、俺は、ドイツに。頭がふわふわする。遠くなっていく声と浮かぶような頭の中、刹那、彼の声が響いた。
「イタリア、お前、胸、が。」
途端、俺の意識は覚醒した。
ばっと音を立てそうな勢いで起きあがる。苦しそうにしてたからかドイツがシャツをゆるめてくれたらしい、けれど、けれど。緩められたシャツの隙間から俺の膨らみかけた胸が見えていた。ドイツが俺の前で固まっている。頭の中がすうと真っ白になっていく。ばれた、ばれた。俺が女だってばれた。下を見る。俺の胸は昨日よりも明らかに大きくなっていた。あぁなんで?なんでこんな急に変わっちゃうの?ドイツが何か言いたそうに口を開いた。いやだ。聞きたくない。なんだか頭が痛い。何かを思い出してしまいそうな気になった。まだ体は重くて、それでも俺は走りだす。ばれてほしくない。こんな俺を見てほしくない。なんで?なんで?女の子だって知ってもらえたら好きになってもらえるかもしれないってさっき思ったのに。違う、違うよ。俺は好きになんかなってもらえないよ。だって俺は汚い。え?汚いってどうして?どうしてだろう。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
後ろからドイツの声がする。俺は気にせず走る。この辺の地理にはドイツよりも俺の方が詳しい。細い道や解りにくい道をいけば捕まらない自信はあった。気持ち悪いのと、お腹痛いのをごまかしながら走り続ける。木陰の道を走りぬけるとそこに封鎖された小道がある。この先はとても危険だから入ってはいけない、と昔オーストリアさんに釘をさされた場所だ。俺は少しためらって、それから勢いよくその柵の中に飛び込んだ。小道は柵の向こうに延々と曲がりくねって続いている。俺は、足を止めた。正直、限界。口の中が苦いような酸っぱいような変な味がする。がくがく震える足をなんとか宥める。辛い。
入り混んだ小道はしんと静まりかえっていた。木々から漏れる光が地面を緑に染めて、向こうまで明るい。
「どうして、この道が危険なんだろう。」
静かに続く道は危険なようには見えなかった。綺麗な道。並んだ木々。そして、
…あれ?
ぐるりと辺りを見回す。それから二歩ほどあるいて、もう一度。
感じたのは、妙な既視感だった。不思議なデジャヴ。歩いていく。広がる景色。差し込む光。俺は、息を飲んだ。解ったから。気づいちゃった。ここは、
「夢の道だ。」