03、萌える草木の緑


「・・・暑いな。」

「えぇ、そうですね。」

かたん、と音を立てて雨戸を閉めた日本はしかしてそれほど暑そうには見え なかった。
着崩した着物から延びる首筋に一瞬見とれる。
どうしました?振り向きざまの日本のいぶかしげな声に慌てた 俺は下を向いた。
だめだ、こんな自分が時々嫌になる。

視線をそらせば、閉められた雨戸の向こうには大きな木。
あれは、なんの木だったろうか。ぼんやりと見ていると、日本 が気づいたように俺の方を振り返った。

「あの木は桜ですよ。もう散ってしまいましたが。」

あぁ、そうだ、とふと思い返す。たしかに、春ごろ来た時、日 本の家のこの位置から見た景色は一面に広がる桃色だった。
すっかり花びらを落としきって緑になったその木はもうあの桃 色の桜のイメージからは程遠い。
暑いな、と思った。いつのまにか春は遠い。


「桜は、散るからこそ美しいのです。」


日本が歌うように呟いているのが聞こえる。


「短い命と知るからこそ人はそれを愛でるのです。」


日本はいつもそういうな、と俺は空を見つめながら思う。
いつもこうだ、終りばかり見ている。
ちらりと見上げた日本もまた、桜を見つめたまま立ち尽くして いた。
その手を握りたいと思う、そんな自分にまた苦笑する。

こんな気持ちもまた、終わるからこそなんとやら、と日本は言 うのだろうか。
日本がまたこちらを向いた。白い肌に黒髪はきれいだと思う。
アジアの連中は黒をいやがるやつもいるが、俺は黒が好きだ。
光を跳ね返して受け入れない金色はあまり誇りではない。

「先ほどから、何をみてらっしゃるのですか?」

笑う日本を見ながら俺は心の中で問いかける。

今、おまえは何を見ている?
終りを見ているんだろうか、この静かな時間の終りを。


だとしたら、あまりに悲しい。



不意に向こうから日本を呼ぶ声。
すみません、すぐ戻ります、小さな声を残して彼は行ってしま う。

一人にされた部屋のなか。
ぼんやりと見回す部屋の隅にどこから舞い込んだのか、小さな 花びらがあった。
ちいさなももいろ。

桜では、ないだろうと思う。けれど、散ることを望まなかった 桜に思えてなぜかそれがいとおしく思う。
散らなくてもいい、散らせたくはなかった。この時間、この関 係、この思い。

花びらに口づける、これは、誓いのキスだ。
終りは、見たくない。



窓の外では草木がもう緑に染まっている。
次にここにくるときには、もう夏になっているだろう。



なんかもうイギリスが別人