夜半小景ver.3




ふわり、と風が吹いて日本の髪を揺らした。空には月。欠けかけた月。下弦の月というのだったか。
日本はこの月が好きだった。完全に丸い満月でもなく、綺麗なだけの三日月でも ないこの月が。
月は隈なきを花は盛りばかりを見るものだろうか、と唄ったのは だれだったろう。すぅと目をとじた先、ふと気付く、空気の動く気配。


「イギリスさん…?」


寝られた、と思っていたのですが、と日本は小さく呟く。イギリスは緑色の瞳を 軽く細めて、目が覚めただけだ、と返した。
空を見上げる。月は大分傾いていた。昼間はずっと空にある太陽と違い、月は夜 間ずっと空にあるわけではない。下弦の月はまだ長く出ている方ではあるけれど。


「…月、見てて楽しいか?」
「まぁ、何もしないよりは」
「…そんなもんか」


寝巻に、とイギリスに貸した浴衣の裾がたなびいて揺れる。
座りませんか、という日本の問いに返ったのは別に、という一言のみだった。
沈黙。風が吹く。静かすぎる時間。ただ、過ぎていくだけの時間。
それは、けして重苦しいものではない。
2人とも、もともと自分の時間に立ち入られるのは好きではない。
かといって一人でいいわけでもない。天邪鬼同士、これは良いやり方。
風にたなびく雲を見ながら、ふいと日本は思う。


…なぜ、私達はこんな風に共にいるのだろうか。

同盟を結んだから?

…ならなぜ、結ぶことになったのか?

それは、


日本は目を細めて空を見た。
それは偶然だと思う。
例えば、自分が後少し開国を遅らせていたとしたら、イギ リスは文化の発達していない自分を相手にはしなかったろう。
また、自分がもしもう少し力があれば、またそれも同盟には繋がらないものだっ たかもしれない。


日本は思う。
偶然、全ては偶然だった、と。
こんな静かな時間も全てが



「…俺は、」

「はい、なんですか?」

「俺は、月はあまりいいものだと思っていなかった。月は惑わす物だから。夜 の使者でもあるし」



あ、もちろん良い意味もあるけどな、と付け加えて、イギリスは空を見上げる。体を 柱に持たれかけ、腕を緩く組んで。



「でもまぁ、こうして見れば月もなかなかだよな」



す、と笑うイギリスの髪は月明かりに照らされてきらり、と輝く。なんと返したら良いのか日本は不意に解らなくなった。
ただ、胸が苦しい。視線を軽く落として 見遣るのは指先。そこにある小さな逆むけに爪をたてる。

あぁ、そう。


偶然なのだ、こうして会話していることも全ては偶然なのだ、と。そればかりが 何故か苦しくてたまらないのだった。
もし、自分がヨーロッパの一国であったな ら、少しは変わっていたのだろうか。いや、それもまた偶然に支配された何かで しかないのか。


「…日本?どうかしたか?」

「いえ…あの…そう、イギリスさんもこの機会に是非お月見なさって下さい。」


にこり、と笑えば、イギリスもあぁ、と笑う。

月ばかりが眩しい縁側で不意に日本は自覚する、あぁそう、自分はいうなれば


(幸せ、なのですね。)


この一瞬すら壊したくないほど。
壊れるのを無意識に恐れる程。


目を閉じる。今だけはまだこの偶然にただ縋っていたかった。



終わりはなんとなく見えていたのだから。