夜半小景



「俺、髪の毛洗ってもらうのすきだな。」


ぽつり、とイタリアが呟く。
ミルク色の湯気の向こうはぼんやりと霞みがかって白い。
窓の外はただただ暗闇。
日のかげりで時刻の解る日中とちがい、夜はほどんど時刻はわからないのだ。
イタリアはつい、とバスタブから足をあげる、湯気とおなじミルク色のお湯がぴちゃり、とはねた。
微かに姿を見せては消える似非ミルククラウン。


「ドイツはどう?」


くるり、イタリアは自分の髪を不慣れな手つきであらう恋人の方を見やった。
猫足の白いバスタブはずいぶん大きいはずだが、大の男が足を延ばして余裕があるほどではない。
イタリアが身動きすると、湯はこぼれてドイツの足元を濡らす。
ドイツは少し顔をしかめてしかし、それでも、髪を洗う手は休めようとはしない。
イタリアは小さく笑う。こういうところまで真面目。


「さぁな、最近は洗ってもらうことなどないからわからん。」

「そう?洗ってあげようかー?」

「結構だ。それより前を向け。洗いづらいだろうが。」


つれない返事にイタリアはぷうとむくれ、それでも素直に従う。
今日はちょっとばかりドイツに非があるのだ。
仕事でイライラしていたところにうっかりイタリアがやってきて、そばのソファで眠りだしたのも
悪いといえば悪いのだが。
そう、そこでうっかり、ドイツが手を出してしまったから。

動けなくなってしまい、ソファでぐったりしているイタリアにドイツが平謝りすること20分。
イタリアのだした要求がこれだった。



つぅ、と、イタリアの指をミルク色の湯が伝い落ちる。
イタリアは嬉しそうにそれを眺めて笑う。
バスタブにつかる習慣はドイツでもイタリアでもとっくの昔にすたれてしまった。
これは、以前にハンガリーがくれたもの。
猫足のアンティークなバスタブはイタリアのお気に入りのひとつだった。
湯気は白く重く淀んでドイツのカッターシャツと湿らせていく。
これでは着替えなければどうしようもない、とドイツは思う。
洗うのがまずは下手だから悪いのだ。ずいぶんと早いうちにズボンなどはどうしようもないほどに濡れてしまった。


外は暗く夜の帳の中。
ゆるり、白い霞は全てを溶かすように舞い、



「〜♪」



イタリアが小さく歌いだす。
夜に響くアリアはところどころ音がかすれてイタリアはドイツの方を向いて小さく笑った。

「ちょっとさっき声出し過ぎたー。」

確信犯的に呟くいたずらな笑みが厭わしくも愛おしい。
なるだけ目線を合わせないように髪を洗うことに専念しようと下を向いたドイツにイタリアは今度は小さく 声をあげて笑った。


「好きだよードイツー。」

「あぁ…」


イタリアの声に生返事を返しながら窓の外の空をドイツは見上げる。
たちこめた湯気とシャンプーの淡い香りが胸を締めて話さない。
苦しいような、焦燥のようなそれでいて楽しいような表現しがたい気持ちだった。
目の前ではイタリアが湯船の中で歌っている。
目が合うと、とたんにまた好きだよ、と言葉が返ってきた。

ミルク色の霧に心をとらわれる。
ただ、ただ、ひとつ言えることは。


「好きだ。」


俺もな。


シャワーの音に紛らわせて、漏らしたドイツの呟きはミルク色の霧に消えはて。
え?と聞き返したイタリアを黙らせるように、ドイツは髪を洗い流していく。
耳に湯が入ったのか、イタリアはきゃあ、と言って跳ね、湯はこぼれてドイツにかかった。
シャツはもうすでに用をなさぬほどに濡れ、ドイツは苦笑。

外は、まだ夜。
暗い外に対照的なここはとても暖かくて明るく。


あぁ、



ふと、ドイツは思いたつ。
この胸を締める想いは幸せなのだ、と。









しあわせはとてもあたたかく、そしてどこかせつない。