あきいろこねこ



ゆっくりと、何かが変わりはじめていると、そう感じさせるそんな日だった。
空を見上げたイタリアの髪は微かに風で揺れて、目にかかったそれを彼は払おうともしない。
ふう、と彼が息を吐く。

「秋、だねー。」
「そうだな。」

俺の声に、彼は笑う。何が楽しいのかわからないが、彼は酷くよく笑う。
もともと、彼の家に四季は少ない。海を抱え込むような彼の家は冬でも暖かく、過ごしやすいからだ。
それでもやはり、夏の終わりは目に見えてやってきている。
笑いながら彼は言った。なんだか寂しいなぁ。

俺は何も言うことができない。こんなとき、日本やオーストリアや、もしくはフランスのような奴なら、気の利いたことがいえるのかもしれない。
が、俺にはどうもそういうのは向いていないらしい。腕組みをしたまま、立ちすくむ俺に構わずに彼はぼんやりと海を見ている。
彼は海が好きだった。彼がその昔全盛期だったころも、そして今も、彼は海と共にあった。

「ねぇ、ドイツー何か聞こえない?」

いきなりイタリアがそう話しかけてくる。そういえば、先ほどから小さな声がしていた。
ここかなー、呟く彼はしゃがみこむようにして近くの車の下を覗き込む。

「服が汚れるぞ。」
「大丈夫だよー。」

どこが大丈夫なんだろうか。地面につけられたズボンの裾が汚れている。
彼はそんなこと気にしてはいないようだ。眉をひそめた俺の前で、ごそごそと何か探っている。

「ほらー!ドイツ!猫だよ猫!!!!」

起き上がってきた彼の手には小さな黒猫が収まっていた。
先ほどからの声はこの猫だったらしい。
ニーニーと鳴く猫は弱っているのかぐったりしていた。イタリアはそんな猫を覗き込む。
大丈夫?彼の問いに猫はもちろん答えない。彼は困ったように腕の中の猫を抱きしめた。

「昔、ねぇ、こんな風に猫拾ってきたことあったな。」

夕暮れの海はオレンジに染まっている。
遠くを見る彼の目も橙に揺れて、自分にはその真意が読めない。

「オーストリアさんにね、飼えませんから捨てなさいっていわれてそれでも捨てたくなくて、倉庫で飼ってたの。」

ニーニーと猫は鳴いている。彼は猫を抱きしめた。
こんな風に幼いころの自分について彼が語るのはまれだった。
俺には小さいころの記憶があまりない。だから遠慮しているのだと思う。

「それで、その猫はどうしたんだ?」
「解らない。気づいたらいなくなってたから。」

そう彼が言ってふと微笑んだ瞬間、猫は一回跳ねて腕の中からするりと抜け出した。
あ、とイタリアが手を伸べた時には既に遅く、猫は黒の残像を残して消えていた。
イタリアは呆然と猫が消えた方を眺めている。またいなくなっちゃった。小さな呟きが漏れた。

「…きっとどこかで元気にやってるだろう。あの猫も、お前が昔飼っていた猫も。」

どういっていいかわからずに、それだけ言って頭を撫でたら、彼は俺を見上げてまた困ったように笑う。

「そうだね。」


帰ろうよ、言い出した彼が俺の腕を掴んだからそのまま2人で歩きだす。
少し早足の彼は何を考えているのだろうか。多分、自分には解らないことだ。彼は自分に無いものを多く持っているのだから。
橙の空は少しかげり、そろそろ夜がくるのだろう。

「俺ねぇ、ドイツがいたら、もうそれでいいや。」

だから、一人にしないでね。笑う彼はそれでも本気なようで、俺は頷くしかない。
小走りで進む彼の背中は少し小さく見えて、なんだか不意に抱きしめたくなった。

見上げた空は雲が漂い、秋がもう迫っている。





甘いの書こうとしたはずが、ずれました。秋は感傷にひたってしまいます