*少々食事中には向かない表現があります(グロではないのでご安心ください)
Melting melting
「あ、。」
小さく声を上げた。見つけたから。忘れてたビニールの袋。
「どうした?」
「溶けてた。」
「・・・何が?」
「にんじん。」
そうだ、そうだ、思い出した。結構前ににんじん買ったんだった。買って、棚の奥にしまって、忘れてたそれ。半透明のビニール袋の中で、それはオレンジの濁った液体に変わりかけている。
「にんじんって溶けるんだぁ・・・。」
「・・・片付けるしかないだろう。」
「うんー。」
もとはあんなにちゃんとした固形だったのに。どろどろに溶けたそれはもう元の形がわからないくらいに変形していて、なんだか酷く惨めだ。生ゴミの袋に突っ込んで、さよなら。せっかく生まれてきたのに、溶けてとけておしまい。
「このところ気温差が大きいからそのせいかもしれんな。」
「うん、そうかもね。」
床に溶けたにんじんの染み。どろりとしたしみ。とけて生ゴミの袋に入ったあのにんじんはどんな気持ちなんだろう。ずっと棚の奥でじっくりじっくり溶けていく。誰にも気付かれずに、一人で溶けていく。
「やだ、なぁ。」
「・・・どうした?」
「こんなふうにはなりたくないな。」
ドイツは困ったような顔をした。そんな彼に笑いながら床の染みを拭いて、あぁ、いやだな、こんなふうに一人でどろどろに溶けていくのは。きっとでもヒトだってそしてこの胸の中の想いだって、にんじんと似たようなものなんだ。最初はちゃんとした形なのに、放っておいたらどろどろに溶けてしまうんだよ。棚の奥で、こころのおくで、何かがゆっくり溶けていく。形もわからないくらいにぐずぐずに溶けていく。そうなったらもう手遅れなんだ。捨てるしかないの。半透明の袋の中で、俺の濁った心の中で、何かが溶けていく。いやだ、なぁ。床の染みはどろりとした粘性をもっていて、指をオレンジに染めた。いやだ、なぁ。こんな風にはなりたくないな。
でも、でも
溶けていく。思いが溶けていく、何かに溶けていく、形をなくしていく。いやだ、いやだ、いやだ
「溶けたくないね。」
「・・・お前は溶けないだろう。」
「さぁ、わからないよ。」
ゴミ袋の口を縛る。
半透明の袋の中で、にんじんの残りが転がっていた。
野菜も思いもお肉もヒトも。溶けてしまえばみんな同じ。