振り向いて欲しかっただけ。



「やぁ、カナダ!!」
「あ・・・アメリカ・・・。」

彼が訪ねてきたのは、寒い冬のことだった。僕は笑って彼にコーヒーを出す。彼はクマ吉…あれ、クマ三郎だったかな?うん、とにかく僕の飼っているクマと遊びながら椅子に座った。僕はクッキーを用意する。彼は甘いものが好きだ。

「君はまだイギリスのところにいるつもりなのかい?」

クマ五郎さんを抱きかかえながら僕を見てくる彼は数年前にイギリスさんのところから独立した。イギリスさん、僕ら二人を育てた国。僕は黙って彼の前にクッキーの皿を置いた。彼がそれに手をつける。彼が見上げた壁にはユニオンジャックがかかっている。僕はまだイギリスさんの領地だ。

「君だってもう十分に独立できるくらいにはなってるんじゃないのかい?もし君が独立したいなら俺だって力を貸すし…したらいいんだ。自由はなにものにも変えがたいぞ。」

僕は黙って自分の分のコーヒーを注ぐ。彼は目の前のカップに口をつけて、甘い、と一言呟いた。僕は自分のカップにメイプルシロップを入れる。彼はそれを見て、少しだけ顔をしかめた。僕は何も言わない。

「君は…少し自立することを覚えたらいいんだ。あんなマユゲ野郎なんかにいつまでも構っていることはないんだ。俺みたいに一人で生きればなんでも自由なんだぞ。」

彼はこのところ僕に同じことを繰り返す。イギリスさんから逃れろとそればかりを言う。僕はカップに口をつけたまま、彼の顔を見上げた。僕に切々と独立を語る彼の目は必死だ。実のところ、彼の力を借りれば僕だって十分に独立できるだろう。ただ、それにはあまり利点が無いと思うけど。彼は必死だ。僕はメイプル入りのコーヒーを飲みながらそれを見ている。僕に良く似た彼を見る。彼がどれだけ言おうと、僕の答えはひとつ。

「僕は、」
「なんだい?カナダ?」
「僕は、まだイギリスさんのところにいる、よ。」

あぁ、そう、いつも、いつもそのときだけ、彼は一瞬顔を苦しそうに、しかめるのだ。
僕はカップに目を戻す。彼はその苦しげな表情を一瞬でしまって、それからつまらなそうにそっぽを向いた。僕らの視線は交わらない。僕らの生き方だってきっと同じだ。

「そうかい。それなら勝手にしたらいいさ。」

彼は僕にイギリスに捕らわれるなといつも言う。イギリスから自立しろといつも言う。それは、あきらかな矛盾だ。あきらかな嘘だ。僕はカップの黒い液体をぐるぐる回す。イギリスに捕らわれているのは彼のほうだ。いつもいつも気にしていないふりをしていつまでもイギリスのことを気にしている。本当は彼がいつまでもイギリスと仲良くしている僕のことをほんの少し、でも確実に羨ましがっているのを知っている。僕が早くイギリスと別れればいいと思っているのを知っている。僕は解っててそれを言わない。別れてやるものか。イギリスから無理矢理独立なんかしてやるものか。せいぜいイギリスのことを思えばいい。そして、その関連で僕のことも考えてくれたらそのときは、

「…帰るよ。邪魔して悪かった。」
「そう?また、来てね。」

カップを置いて出て行く彼は今誰のことを考えているんだろう。ドアの向こうに消える彼が一度も振り向かなかったことが少しだけ僕を苛々させた。



本当は少し振り向いて欲しかっただけ。(僕は君に、君は君が捨てた人に)