注*イタリア女体化
  イタリア発狂
  
  それでも良い方のみスクロール。



































後ろの正面だぁれ


「子どもが、できたんだよ。」

彼女がそういって笑ったのは雪が降り始めたそんなある日だった。俺は玄関口にたったままその話をぼんやりと聞いた。信じられない話だったが、しかし彼女が女であり、自分が男である以上有り得ない話ではなかった。彼女は腹部を大事そうに抱えて笑う。それは幸せな一幕になるはずだった。


ここで俺は考えるべきだった。彼女は女であるがしかしそれ以上に国であることを。おもいつくべきだった。だが自分はそんなことを忘れていた。子どもができたことはおそらく自分もうれしかった。だから忘れていた。おそらくそれはそれは


8ヶ月が過ぎるころ、彼女の腹部は目に見えて膨らんだ。動きづらくなった体をいたわるように彼女は座って編み物をする。口から漏れるのは小さなアリア。彼女はもはや母親だった。幸せそうな姿に俺も安心した。しかし、そんな折、俺は異変にも気づきはじめた。彼女の様子がおかしい。俺は毎朝仕事にいかねばならない。彼女を置いていかねばならない。毎朝、俺は彼女に声をかけてから家を出る。問題はそのとき起こるのだ。俺が出て行こうとしたそのとき、彼女はおかしくなるのだ。

「行かないでよ!!いかないで!!」

出て行こうとする俺にすがるように彼女は泣く。金切り声を上げる彼女は半狂乱になっているようだ。おそらくマタニティブルーというやつなのだろう。本に書いてあった。俺はなだめて家を出る。出る瞬間に振り向いたとき、彼女はまだずっとこちらを見ていた。編み物に使う毛糸に囲まれて、彼女はずっとこちらを見ていたのだ。


おおよそ太古からのきまりというものがこの世には存在して、しかし国となってまだ日の浅い俺はそれを十分に理解できていなかったのだ。彼女がその間にも少しずつ深い闇に落ちていった。編み物の量は増え、彼女の周りには靴下とマフラーと手袋と帽子、そんなものが散らかった。彼女はウールの籠に溺れた。


「最近、頑張るなぁ、ドイツさんよ?」
「フランスか。」
「どうしたんだ?お前?イタリアとはうまくやってんのか?」
「それだが、実は子どもができてな。」
「・・・・・子ども?」
「あぁ。」
「誰に?」
「俺とイタリアに。」
「・・・・・何、言ってる?」



いいか、お前に教えてやるよ。国はたとえ女でも子どもなんか孕めない。そうじゃなかったら一体いくつ国が生まれると思っているんだ。過去に何回も国同士の恋愛などあったのに。いいか、国は孕まない。イタリアは孕めない。



あぁ、嗚呼、アァ、
だとしたら、だとしたら、



かのじょがはらんだものはなんなのだ。



家に帰ると彼女はいつもと同じようにウールに埋もれて編み物をしていた(あぁ、そんなに編んでも使い道などありはしない)。俺を見ると彼女は笑う。大きな腹を抱えて微笑む。

「おかえり、ドイツ。もうどこにもいかないで。子どもがもうすぐ生まれるよ。もうどこにも行かないで」

彼女の腹はもう臨月だ。彼女は確かに孕んでいる。その体の内になにかを孕んでいる。何を、なにを孕んでいる?何を、

「なぁ、イタリア。」
「なぁに?」
「お前は、なにを生むんだ?」

あぁあぁあぁあああああぁあああ。


彼女は金切り声を上げて、ウールの中に埋もれる。頭を抱えた彼女は叫んだ。お願い気づかせないで。気づかせないで。

「俺は赤ちゃんを産むの。産んでドイツと育てるの。俺は育てるの。もうドイツはどこにも行かない赤ちゃん生まれたらどこにも行かない。行かせない。産むの、産むの。」

毛糸のくずが舞う。臨月の腹は揺れた。大きなそれは彼女の想いと共に膨らんだのだ。彼女は何を孕んでいるのだ。彼女は何を望んだのだ。俺は立ち尽くしたまま彼女を見る。ウールが飛んで足元に落ちる。

「なぁ、イタリア。」
「いやだいや、いやだききたくない。」
「国は、子を孕めない。」



いやだーァァあぁあぁあァア!!


それは一瞬の出来事だった。どばりと彼女の股から零れ落ちる水、水、破水。破水だ。破水が。彼女は呆然と流れ出した羊水のその真ん中で座り込む。産み落とした。彼女は産み落としたのだ。虚ろになった目を空に漂わせて、彼女はぼろぼろと目からも雫を零した。ぼたぼたと水は零れて落ちる。


「あか、ちゃん。」


彼女の腹は、小さくなっていた。

あはははははははははは

彼女は虚ろな体をもてあまして笑う。そしてそのまま水に濡れたウールを抱いた。愛おしそうに、慈愛をこめて、抱いた。それを見つめる俺の革靴も水に濡れている。そこでやっと俺は気づいたのだ。彼女は、

彼女は、狂気を孕んでいたのだと。





正気と狂気、その一文字の違いの狭間で彼女は想いを孕みました。