寂寥の幸福論
「さみしいな」
ふと呟かれた言葉にドイツが振り向く。
イタリアがいた。遠くを見つめたまま抱えるのはクッション。
白いしろいクッション。ドイツが少し前にプレゼントしたものだ。
イタリアはどうやら本当にそれが気にいったらしい。こうやっていつでも持っているのだから。
「…うん、寂しい。」
何かを確認でもするみたいに、ひとつ頷いて、そのままクッションに顔をうずめたイタリアの表情はどことなく暗い。
ドイツは少し眉間に皺。
寂しい、というのはイタリアがふと口にする単語の中でも特に多く聞かれるものの一つだ。
ぼんやりしているイタリアに向かってドイツは聞く。大丈夫か?
「…え、あ、うんー大丈夫だよー。」
とたん、はじかれたように顔をあげたイタリアはそのままにへら、といつものように笑った。
俺、変なこと言ったのきこえちゃった?俺今眠いから、ほら、良くわかんないの。
ドイツはそのままイタリアを見ている。
白いクッションを抱え込む手。その幼さの残る手が小刻みに震えていた。
「…今日は、泊まっていくか?」
「へ?」
「もう遅いしな。遠慮はいい。」
時計を見る。午後八時。そこまで遅い時間ではない。
イタリアは小さく笑った。ううん、いいよ。帰るよ、俺。
「泊まればいいといっている。」
イタリアの手が震えている。
何かを恐れて震えている。
ドイツが感じたのは微かな焦り。
こういうとき力になれない自分が嫌だった。イタリアは常に解りやすいくせに、妙なところで他人に踏み込ませようとしない。
否、普段解りやすいから、か。とひとりごちる。
普段から隠し続ける人よりも、こういったタイプの方が面倒なことはよく聞く話だ。
「…おれ、だめだなぁ。」
イタリアが俯いた。抱き込まれた白いクッションは歪みながらイタリアの胸におさまる。
小さく声を吐きだし続けるイタリアの顔には苦笑。
「ダメだなぁ…迷惑かけたくないのに。」
「…迷惑などではない。」
何を焦っているんだろう、とドイツは思う。
イタリアが落ち込む様を見るのは酷く苦手だった。
何かが崩れてしまいそうな、それは不確かな予感でしかないのだけれど。
イタリアが笑う。ほんとにごめんね。
「迷惑だと、解ってるけど、でも俺はドイツがいなきゃ駄目なの。」
さびしいのは、嫌だな。
白いクッションが揺れている。
小刻みに揺れている。
「迷惑、ではない…から、だな、」
なんと言っていいのか解らなかった。
ただ、なんとなく繰り返す。迷惑では、ない。
イタリアは笑う。自嘲するように笑う。
白いクッションを握る手の先が白くなっていた。それほどまでに、力を籠めているのだ。
「ねぇ、ひとつ、お願いしていい?」
「なんだ?」
イタリアがこちらを向いた。笑顔だった。ただ、思いつめたような光を宿してはいたけれど。
なんだ?ドイツがもう一度聞く。怒らない?とイタリアが漏らすのも疑問。
「…怒らないから、言え。」
「うん、あのね。」
頼ってばっかで悪いんだけどさ。呟くイタリア。
白いクッションは蛍光灯の光を反射して妙に目につくのだ。
「一緒にいて。ずっと一緒にいて。あのね、そのずーっとくっついてるっていうんじゃくてね、ううん、
それでもいいんだけど、そうじゃなくて、一緒がいいの。えと、」
なんとか言葉を絞りだそうとするイタリアの手が白いクッションを引きちぎらんなのように握りこんでいる。
何かに怯えている、それは、さびしさとか、そういう実態のない何か。
ドイツは頷いた。わかった。いや、本当は彼の恐れの半分も理解は出来てないのだろうけど。
ただ、今は笑って欲しくて。ただ、今は幸せでいてほしいから
「約束しよう。」
途端、ぎゅう、と腕に重み。
イタリアだ。イタリアがしがみついてきたのだ、とドイツが理解するのに2秒はかかった。
腕にしがみ付きながらイタリアは笑う。ありがと。
「約束だよ。たとえ世界が終わるときでも、絶対に一緒にいてね。」
笑う。わらう。床には投げ出されたクッション。
「あの、どいつ、今日俺、ここに泊まる!!!!」
嬉しそうに話すイタリアの腕の震えがやんでいることにドイツは酷く安堵した。
End of the Worldの独伊verにつながっているような、ないような。
大好きな人とはずっと一緒にいたいよね