小悪魔な君に恋をする
1.わかっていたのに虜になった
彼が自分以外のやつにも同じように笑うのだということは俺にだってわかっていた。俺に向けるのと同じような甘い微笑みを大体のやつには(あぁ、そう、嫌いなやつ以外には)向けていることくらい知っていた。騙されるものか、騙されるものか。実のところ、彼はほとんどのことを自分ひとりで出来る。なのにあいつは俺を呼ぶ。助けて、と俺を呼ぶ。彼がちらりと上目遣いで見るたびに、胸が苦しい自分がいた。これは罠だと解って、それでも、
「ありがと、ドイツ!」
その笑みは、何を示唆したいのか。
「俺、ドイツのこと好きだよ。」
だめだ、逃げられない(それとももしかして逃げたくないのか)
2.思わせぶりはきみの特技だ
結局のところ、男同士のほうが男の落としかたなんて解るもんなんだよ。俺はドイツに微笑んで、それから頬にキスして置いた。好きだよ、なんて陳腐な台詞それでも十分効果的な台詞。思わせぶりは悪いことじゃないよ。きっと夢を与えてるの、俺はね。ドイツの顔がさぁ、と赤くなった。俺はどのドイツの胸に顔をうずめて、そのまま小さく笑う。
3.きみが誰かと笑うたびに
イタリアが、フランスと話をしていた。とくに取りとめのない話だったと思う。ただ、あははは、とイタリアが笑っていた。胸の奥がもやもやする。彼が俺と出会う前からフランスとなかよくしているのは知っていたし、それはラテンの仲間とおいう点でもけしてわからないことではない。
それでも、苛々した、苛々した。なぜか酷く、苛々した。彼がまたひときわ大きく笑って、彼の足がふらりと揺れた。すかさず延びるフランスの手。抱きとめられて、彼は微笑む。ありがと、いつもの上目遣いだ。そのまま、頬に軽くキス、を
「イタリア!!」
思わず叫んでいた。驚いたように振り向く彼の腕を掴む。そこで、俺は漸く、何故自分はこんなことをしているのだろうという、根源的な問題に立ち返るのだ。
「どうしたの?ドイツ?」
イタリアを挟んで向こうには、フランスが呆れたように苦笑している。握ったままの手が熱い。
「は、話が、ある。」
そのまま無理に手を引っ張ると、痛い、と彼が小さくつぶやいた。それでも構わずに引っ張る。心の靄はまだ晴れない。
4.近づいたはずが遠くなって
ドイツが俺の腕を引っ張っている。痛い。俺と違ってドイツの力は強いんだから、手加減してくれなきゃ痛いよ。路地裏に入った時点で、俺はドイツの手を振り払った。びっくりしたようにドイツがこっちを振り向く。びっくりしたのはこっちだよ、いきなり引っ張られても困る。ドイツに握られていた腕は赤く痕が残っていた。こんな束縛派だなんて思わなかった。俺は腕を押えたまま、ドイツを見る。彼は焦ったように視線をさまよわせたまま。
「…言いたいことって、なぁに?」
5.本当は聞こえていたくせに
イタリアを力任せに引っ張って、路地裏まで来たところでその手を振り払われた。そこでやっと、自分があまりに強い力で彼を引っ張っていたことに気付く。彼の腕は微かに赤く染まっていた。彼は俺を見上げて問う。
「言いたいことって、なぁに?」
何を、言えばいいのか。何を伝えたらいいのか。何を、伝えたいのか。俺は、
不意に、心の中に言葉が浮かんだ、考えもしないまま、それを口に出す。
「お前が、好…。」
リンゴーン、リンゴーン
言いかけた言葉が、近くの教会の鐘にかき消されて消える。その向こうで、彼は目を見開いたまま固まっていた。一瞬の空白、永遠とも思える時間。その後で、彼は下を向いた。
「よく、聞こえなかった。ごめんね。」
彼の、表情は見えない。
6.いっそ触れられない場所へ
何か、俺はとても凄いことを聞いてしまったきがする。下を向いたまま、俺はどきどきしている心臓をもてあます。俺は、気軽なオツキアイが一番好きなの。誰とも縁を切らず、それでいて深く付き合うこともなく、付かず、離れず、そんな関係。崩れてしまう、その居心地のいい空間が。崩される、足元から。
でも、もし崩すのなら、どうせなら。
どこか遠いところまで、連れて行ってくれたらいいのに。こんな日常飛び越えるような、そんなところまでいけたらいいのに。ドイツとならいいかな、って思う自分はやっぱり少し変だ。鐘の音のせいにして、俺は答えをごまかしてそっぽを向く。前髪を伸ばしていて良かった。表情は、見られなくて澄むから。
そのときだった。また、不意に腕が引かれたのは。
7.そして再び惑わされた
自分でも、何がしたいのかもう解らない。そんなことは初めからだからもうどうだっていい。はぐらかし続ける彼の手を、ごまかし続ける彼の腕を、引いて、俺はそのままキスをした。驚いたような彼の目と、もうどいしていいかわからずに真っ白になる頭の中。遠くに境界の十字架が見えた。とんでもなく馬鹿なことをしている自覚はあった。彼はおそらく誰のものにもならないだろう。そう、もちろん俺のものにも。
どん、と強く胸を押されて、瞬間、その手を離す。彼は大きく息をついて、俺のことをちらり、とみた。俺はもうどうしていいのかわからない。謝る、のも違う気がした。立ちすくむ俺の前、彼は軽く袖で口を拭う。
「…あいさつにしては、激しすぎると思うよ?」
くす、と上目遣いに俺を見て、そのまま彼は走っていってしまう。遺されたのは、俺一人。裏路地に俺一人。猫のように駆け去ったその後ろ姿を見送って、俺は壁に寄りかかる。あぁ、こうやっていつも踊らされて俺は、でも、そうだ、
あぁいう気まぐれを手懐けるのも、たまには、いいかもしれない、
その気まぐれさにも恋をした。
お題お借りしました→確かに恋だった「小悪魔な君に恋をした7題」