久しぶりに訪れた彼の家は酷く荒れていたのでした。
汚れつちまった悲しみに
彼の部屋は荒れていた。ゆっくりとドアを開けて、玄関に転がる空き缶を踏まないように部屋に入る。少し前まである程度綺麗にされていたはずの部屋はものの見事に人としては最低ランクの状況にまで成り果てていた。下ろした足にビニール袋の感触。顔をしかめて部屋の中へ入っていく。
「アメリカさん、アメリカさん、どこです?」
「・・・日本?」
玄関からリビングへ繋がるドアを開けると。そこに彼はいた。洋服と紙袋とビニールに覆われた部屋の中、一つそこだけ異世界のようにゴミに覆われないソファがある。その上で、もぞり、と人影が動いた。ゆれるくすんだ金髪。ずれていた眼鏡をかけなおしながら彼は笑った。
「やぁ、君がきてくれるなんて珍しいな。」
「・・・久しぶり、ですね。」
どうしてこんな状況になったのか、聞くべきがどうか一瞬迷って私は口を閉ざすことを選んだ。聞かれることはおそらく彼にとって嬉しいことではないだろうと判断したからだ。代わりにそうじをしていいですか?という疑問を口に出す。彼は申し訳なさそうな、それでいてどうしたいのか自分でも解っていないような、そんな微妙な表情で笑う。
「そうしてくれると嬉しいな。」
ソファの上に座ったまま動かない彼の前で、私は汚れた部屋を片付ける。ゴミ袋は既に二個目に入り、それでもやっとリビングに入ったところだ。彼はぼんやりと私を見ている。彼は何も言わない。私も何も言わない。ただ、時間が過ぎていく。
「あ、。」
「なんだい?」
「黴が、」
どのくらいたっただろうか、私の漏らした小さな声に予想外に彼は反応をした。彼が起き上がる気配がする。ジーンズの裾を軽く引きずるような音。
「どこに?」
「冷蔵庫です。」
私は扉を開けたまま呆然を冷蔵庫の中を見ていた。中にはもう調味料の類しか入ってはいなくて、あぁ、そう、しかしその調味料自体が黴ているのだった。彼であってもこれは予想の範囲外だったのか、少し困ったように首をかしげて、これは酷いぞ、と小さく呟いた。
「あぁ、そうだ、忘れていたよ。前に停電があったときに電源を切ったんだ。」
それからつけてないのだろうか。小さくため息をついてから、私は調味料を冷蔵庫から取り出す。黴に塗れたそれは酷く惨めに見えた。
「・・・君がいてくれないと駄目なんだよ。」
不意に、後ろで彼の声がした。
私は聞かないふりをして、黴の生えたケチャップをゴミ袋に入れる。
「駄目なんだよ、君がいれくれないと、俺はこんな風になってしまうんだ。」
「しかし、私はここにはいれません。」
「駄目なんだ。」
「でも、私は独立したんです。」
もしかしたら私は酷いことを言っているのかもしれない。だけど、あぁ、私にどうしろというのだろう。黴の生えたオイスターソースはもう捨てるしかないだろうか。背中に体温を感じる。彼が抱きついているのかもしれない。彼は搾り出すように呟き続けていた。いやだ、と呟いていた。
「最近、皆が俺に冷たいような気がするんだ。日本、俺はどうしたらいい?俺はもうこの世界では必要ないのだと、そう思うかい?」
背中で、何か熱い雫の感触がした。駄目だ、やはり捨てるしかないのだろう。黴の生えたオイスターなんて見たくも無い。首を一回緩く振って、私はこたえた。
「それは、私が決めることではないでしょう。」
ゴミ袋の中に瓶を落とした私を見ながら、彼は何かに絶望したように呟くのだ。
「嘘でも、そんなことはないと言って欲しかったよ。」
ごとりと音を立てて、半透明の袋の中に転がった調味料は、酷く、酷く惨めに見えた。
後ろで彼が私を呆然と見つめつづけている。黴の生えた冷蔵庫はどんなに綺麗にしても、もう使い道はないだろう。
そして彼の心も、あるいは