そんな風に笑えることは知っていた
ゆらゆら残像が揺れて消えた。私の記憶の中で彼はいつも厳しい表情をしている。彼はいつもストイックで、戦時中も常にそうしていた。私は脳裏に浮かぶその残像を追いかけて揺れる光に惑わされて眠る。眠りは浅い。浅く短い。眠るのは好きではない。そこには何もないから。眠るその狭間そこには何もない。一人きりの寝室の中で、暗闇の中ゆれる残像だけを追いかける。金の髪。空色の瞳。惑わされる。あぁ、眠るのは嫌いだ。意識を失っていくのが嫌いだ。それでも夜はやってくる。いつも、いつもだ。そう、引きずり込まれるように眠りにおちる。
夢を、見た。
彼が笑っている。青色の瞳を揺らして笑っている。そんな表情をみるのは初めてだった。私は手を伸ばして、しかし彼には届かない。彼の横にいるのは私ではなかった。私ではないその人は、茶色の髪を揺らして跳ねた。ゆらゆら、残像が揺れる。嫌いだ。きらいだ。
飛び起きたとき、そこは暗闇だった。
まだ朝になりきらない薄闇の中で私はただ静かに涙を零す。彼がそんな風に笑えることは知っていた。ただ、私の前では笑ってくれないことも知っていた。彼を想う度震える胸は残像に惑う。あぁ、
「好きです。」
ただ、ひたすらに。彼が、あんな風に笑えることは知っていた。私の前で笑ってほしかった。夜眠るのは嫌いだ。彼を抱き寄せたくてたまらなくなる。彼が戦争で降伏する前の日に、彼は電話で私に謝った。すまない。その声が耳について離れずに、がむしゃらに戦って私は負けた。彼と私の距離はたまらなく遠くなった。消えたいほどに遠く、なった。
今日も涙を流しながら、私は揺れる残像を追う。彼は今笑っているのだろうか。最初の世界大戦、私と彼は争って、彼は睨むように私を見た。二度目の世界大戦、彼と私は共に戦った。彼は青の瞳を潜めて謝った。そうじゃない。そうじゃない。私が彼にしてほしい表情はそんなものじゃないのに。
あぁ、
眠れない夜。揺れる残像。好きです、好きです。本当は初めてその青を見たときから引き込まれていた。もし何か伝えられていたら、状況は変わっていたのだろうか。彼は笑ってくれたのだろうか。
ため息の先、夢の中の彼の笑顔が揺れて、揺れて、消えたくなった。
彼に笑ってほしかっただけ