You'll be mine.
イタリアがだいぶ鬼畜いです。注意してください。
正直なところ、俺が負けるなんて思ってなかった。
いや、負けない、という確固たる自信があったわけではない。
けれど、まさかこんなことになるとは、
『You'll be mine.』
「予想外だっつの」
第二次世界大戦のスタートは最悪だった。
意気揚揚と開戦したはいいものの、あっと言う間の負け戦。
誰も予想していなかったことだ。列強である俺が、このフランスが、こんなにあ
っさり負けるなんて
「ちきしょ…う…」
体を起こそうとして、しかし、それは叶わない。
手が動かないから。
痛む頭をなんとか持ち上げて後ろを見る、背中の方で縛られた腕にはロープが食
いこんでいた。
ちっ、とひとつ舌打ちをする。
ここまでされるとは思っていなかった。
あいつらはいつもアホみたいにしていたからな。
「…にいちゃん?」
かちゃり、と扉の開く音にびくっとらしくもなく反応する。
体が不自由というのは、こんなにも恐怖を呼ぶのか、とまた舌打ち。
しかし、予想と違い、扉の向こうから顔をのぞかせたのは見慣れた茶色。
「…イタリアか。」
はぁ、とため息。
あのイモ野郎じゃなくて良かった。
「兄ちゃんー大丈夫?」
「大丈夫なわけねぇだろ、馬鹿。まぁ、はずせ、これ。」
イタリアの右手にはふくろいっぱいの菓子。
それを握りしめたまま、イタリアはぼんやりと俺の手を見やる。
ただようのは、甘い香り。
「おい、イタリアはずして…「やだ」」
は?
甘い香りがうざったく鼻をかすめていく。
見上げたイタリアの顔は笑顔で、でも笑顔ではなく。
「ねぇ、にいちゃん。」
イタリアがチョコをとりだして口に頬張る。
ぺろり、と口についた分を舐めとるさまはある意味妖絶。
「負けた国は、文句いっちゃあいけないんだよ?」
そうで、しょう?
俺は考え違いをしていたわけで、要するにこいつは弟だから、少しは待遇が甘い
のではないか、とかそういうことだ。
「う…あぁ」
イタリアが見ている。
むぐむぐ、と菓子をほおばる音。
漂うのはバターの香り。
あれからイタリアは散々俺をいたぶったあと、後ろにソウイウ玩具をつっこんだ
とこで満足したらしかった。
近くにあった机の上に体操座りしたまま、ただ、見ている。
「いた…りあ…」
いい加減、静止を求めるのも何するのもつかれてきた。
睨んでみるが、イタリアは無表情のまま。
菓子を食うことだけはやめない。
さくさく
クッキーの砕ける音。
漂う香り。
「う…」
イくほどの刺激ではない。けれど、無視できる弱さでもない。
どうしようもない、これは拷問だ。
イタリアはそれでも何を要求もしてこない。
ただ、みている、見ている。甘い香りとともに。
視線、菓子袋、微かな快感。
かちゃり。
ドアの音。
…ドアの、音?
体というのは不思議なものだ、と思う。
もう動かないと思っていた体は、その音にはじかれたように動いた。
背筋の力でなんとか震える体を持ち上げる。
目にうつるのは、金色。
「ドイ…ツ…てめぇ…」
「…イタリア」
何をされるのか、と身構えた俺の前を、しかしドイツは見向きもせずに通り過ぎ
た。
まるで、はじめから俺などいないかのように。
妙な違和感。
なんだ、なんだこれは
「ドイツなにぃ?」
「…こんな非常事態に菓子ばかり食べているんじゃない。」
「だってー兄ちゃん見てると甘いもの食べたくなるんだもん」
この二人はどうしたんだ?
イタリアがまた菓子をかじる音が響いた。場違いな甘い香り。
体がかたかたと震えるのを自覚する。
それは、この緩い快感のせいじゃない。
それよりも強いなにかが支配して、
あぁ、戦争というものはこんなにも、こんなにも人を
ちらり、とドイツの瞳が俺を捉える。
とっくに震える体を支えることは放棄していた。
床に転がる俺を一瞥して、溜息。
「イタリア。」
「なにぃ?」
「ほどほどにしておけよ。」
こんなにも人を、変えるのか。
「はぁい。」
イタリアの間延びした声が耳元で響いて頭がおかしくなりそうだ。
じゃがいも野郎はコツコツと嫌な足音を立てて部屋を出ていく。
二人きりに戻った部屋の中はバターとチョコの匂いに満ちて息苦しさを増す一方
。
緩い快感はとうに感じなくなっていた。
今はただ、この冷めた部屋の温度がまとわりついて離れない。
「ねぇ、にいちゃん?」
イタリアが机からとん、と音を立てて降りる。
俺の金色の髪をさっき袋を握っていたのと同じようにわしづかみにして持ち上げ
たままにこり、とほほ笑むイタリアは、無邪気な顔。
「おれね、兄ちゃんのこと好きなの。すごくすごくすきなの。だからね、」
漂うのは甘いかおり。
「はなしてあげない」
チョコで汚れた両手で頬包みこまれて。
交わすキスは甘い味。
見上げた弟の視線はどことなく狂気じみて
背中をはしったのはほかでもない悪寒だった。