気持ち良い風と共に、やってくるのはいつもどおりの朝なのだ。

「んー…うぅうう…ん?」

ベッドの上で、が目を覚ます。一回伸びをして、ふと、気付いたのは隣に感じる自分のとは違う体温。なんとなくそちらを振り返って…。


「…うげ。」
「朝から色気のない声はやめたらどうだ?こ・ね・こ・ちゃん☆。」

瞬間、彼女がみたのは、フランスの、顔(アップ)。

「・・・っ死ね!!」

ばこん!!!フランスの頭に雑誌が直撃。あぁ、そう

ここでもまた、いつもどおりの朝が始まったのである。



駄目な人ほど愛しい



「殴るこたないだろ、」
「殴るわ。一体何回人のベッドにあがりこむなって言ったかわからないし。」

フランスと朝食のテーブルを囲みながら、はため息を吐く。大学でフランス教授(西洋美術学専門)のTA(teaching assistant…教授のお手伝いさん)になったのが運のつき。そのままずるずるとこんな良く解らない関係に持ち込まれてもう一年だ。一年間本当に良く耐えた、と、思う。何回言ってもベッドには勝手に上がり込むし、あることないこと大学で噂が飛ぶし(だいたいはフランスがあることないことを他人に話すことからはじまっている。)迷惑なことこの上ない。

「でも、昨日はあんなに求めて…。」
「ませんから。」

頭の上でサラダ油のビンを傾けながらフランスの言葉を制すると、さすがに身の危険を感じたのか、フランスは笑顔をそのまま新聞紙に顔を戻す。やはり、いくら流されたとはいえ、こんな奴と暮らしているのは間違いなのかもしれない。『は流されやすいから気を付けて』というのは大学時代の友人の口癖であったけれども、本当にそれをちゃんと聞いておくべきだった。今になって思ってもしかたないけれども。
卵をフライパンに落として、焼けるさまをぼんやりと見ていると、後ろから不意に声がした。

「あぁ、そうだ、言っておかないといけねぇことあったんだ。」
「何?」

また変なこと言いだすんじゃないだろうか、と一瞬身構えるが、フランスの表情が真面目になっていたので、違うんだろう、と思いなおす。彼はまじめなことをいうときは、きちんと表情までまじめになる。これは、彼が公私の区別をきちんとつけているということだが、逆を返せば真面目な顔以外の時は別に話を聞かなくてもいいということにもなる。

「来週、出張あるんだよなーってこと。」
「…別に行ってくればいいじゃん。」

焼ける卵を見ながら適当に返す。(ちなみに朝ごはん作りは交代制である)フランスは一応これで教授としていろいろ学会にでなければいけないことも多く、海外出張だって一年に2回ほどあるくらいだから別に特筆すべきことではないのに。いつもは前日くらいにしか言わないのに珍しいことだ、と思う。思いながら卵に塩コショウをふる。フランスが頭をあげたのが目の端に映った。

「覚えてねぇのか?」
「何を?」
「…記念日だろ、来週は。」
「はぁ?」

意味が解らずにが振り向くと、フランスは存外真面目な顔でこちらを見ていた。新聞紙がぐしゃりと皺になったままテーブルに置かれていて、はなにかあっただろうか、と思いを巡らせて、それでも思いつかず。

少し考えはじめたを見ながら、フランスは笑った。覚えてねぇか?尋ねる声は楽しそうで、が悔し紛れに言い返そうとしたとき、玄関から響いてくる音。

ピーンポーン

「宅急便ですー。」
「…なんかたのんだっけ?」

振り向く。卵の火を止めて、一歩踏み出したときに、フランスがまた笑った。

「来週は俺達の一周年記念ですよ、お嬢さん。」
「へ?」

そういえば、そんなだったかもしれない。

「で、その宅急便の物がプレゼントだ。」

駄目なんだ、と思う。こんなふうにうっかり優しいから流されるから駄目なんだ。それでも少しばかり嬉しいことに変わりはなくて、玄関で箱を受け取る。さんへと書かれた箱を受け取って、部屋に戻って封を開く。フランスが後ろのほうで笑っているのが見えて、うん、まぁ流されるのもたまには…。

「…素人ハメ撮り生足女子高生?」
「…あ。」

中から出てきたのはいかにもソウイウ類です的なパッケージ。そのまま固まるを前に、フランスが顔をひきつらせたまま一歩下がった。

「それ、俺の頼んでたDVD…!!」

間違えた…っ!!と呟きながら逃げようとするフランスに向かってはフルーツナイフを投げつける。さくっといい音を立ててそれはフランスの真横の壁に刺さり。

「待とうか、フランス教授。」
「…はい。」
「なんでこれが私の名前で注文されてるのかな。」
「いや、ほら、その、あれだ、な!!」

フランスはひきつる顔のまま笑う。

「自分の名前で頼むのはやっぱ恥ずかし…」
「私だってこんなんはずかしいわぼけ!!!!」

ごすっといっぱつ蹴りをいれてから家からフランスをつまみだす。ぎゃあぎゃあ騒ぐのを無視してキッチンへ戻った。最悪だ。やはりここを出ていくことも考えよう。

ってば悪かったよ、おにーさんが悪かったよ。こんなパジャマ一枚で外にいたらおにーさん変態扱いだよ、まだちょっと刑務所は嫌…」
「自業自得って知ってる?」

とりあえずうるさい文句は一蹴して、キッチンのドアを閉める。ため息をひとつついて思う。流されやすい性格は損だ。うなだれたその時、フランスのカバンの鞄が目に入った。見慣れた茶色の鞄の、そのポケット部分に見慣れない紙切れ。何とはなしにそれを引っ張りだした。開く。それは、

「注文書?」

開いてみたそれは小さな注文書。頼んであったのは薔薇の花束。記念日にお宅へお届けします、と書いてある。
はぁ、とはまた溜息。駄目だ、無駄にかっこつけようとするやつなんてうざくて嫌いだ。本当に大嫌いだ。あぁでも、

「とりあえず、宅配の人に変な風に思われる前に入れてやんなきゃダメだなー。」

流されてるな、とは呟く。玄関でフランスの叫ぶ大きな声がまたきこえて、は少し笑った。





たまには、流されるのだっていいですよ。