05.途絶えた永遠の緑



はぁ、はぁ

焼け焦げた街を、日本が歩く。 息がうまく吸えない感覚に不意に泣きたくなって、そんな自分に嫌気がさす。
よろよろと歩く足下はとうにおぼつかなくなっていた。
どうしてこうなってしまったのか。翳した手はどす黒く血で染 まっていて、覚えたのは軽いめまい。
空を見上げる。こればかりは、いつだって青のままだ。それは慰みでもあり、また妙な 寂寥でもある


戦況がこちらに不利だということは、日本にだってとっくにわ かっていることだった。
否、初めからきっとわかっていたことだ。ただ、それを上司は 認めなかっただけで。
少数の人々の多大なおごりと自己満足。
その代償がこれ。

小さく、日本は笑った。

全く、馬鹿げていると、思いませんか?


アジアの中心といわれたはずの東京は、空襲の炎に飲まれもはや見る影もない。 吹き付けた乾いた風は疲労しきった体ではうまく吸うことができず、大きく むせ込んでしまう。
瞬間、地に染み込んだのは赤い液体。あぁ、
小さく舌打ち。
あぁ、もう内部までやられている。


染みた赤を見ていたくはなく、日本は再び歩き出した。
変わり果てた街。今歩いているのはどの通りなのか。
めぼしい建物はすべてなくなっている東京では、どこがどの通 りかすらわからない。こんなものだ。戦争が始まるその日まで、自分が作り上げてきたものなど こんな程度の物だった。
不意に、よろめく足に引っ掛かる何か。
体勢を立て直すにはあまりに弱りきっていた。あっと思うまもなく体は地面に投げ出される。 舞う砂ぼこり。息苦しい。またむせ込んだ。 口から地面に伝うのは赤い鉄の味。白い軍服はもはや白というにはおこがましい色。
浮かぶのは、もう嘲笑のみ。


なぜここまでして、自分は進まねばならないのだろう。
何故に?なんのために?

守るべきものは、こんなにも変わり果てたのに。

伏せた目、その先。
地面の上に光る何か。
なんだろうか。目が捉えた輝きに、日本は肘を立てて上半身だけ起き上がる。
きらきらと日の光を浴びて光る何かになぜか心惹かれ。
手を、伸ばした。



「・・・エメラルド?」



言ってから、そんなわけはない、と自嘲した。
この国に、もうそんな高価なものがあるわけはない。
きっとこれはただのガラスの破片。けれど、

それは余りにきれいに光り、あまりに澄んでいるものだから。



『東京は、綺麗な街だな』

『そうですか?』

『あぁ、なんていうか、日本らしいというか・・・い、いや、 変な意味じゃないからな!』

『はぁ・・・』


あまりに綺麗なものだから、浮かんだのは綺麗過ぎる思い出。
まだ奇麗なままの東京を見て、二人で笑ったこともあった、と

ねぇ、イギリスさん、今の貴方がこの街を見たら、どう思いま すか?
この薄汚れた街を見て、それでも綺麗だ、と笑ってくれますか ?

綺麗過ぎる思い出はわずか30年ほど前の話。
でもとても、遠い話。


大切な人を敵に回して、大切なものも守りきれず、 ここまで大きなものを背負って、あとに戻ることもできぬままさまよい、得 たものはなんだったろう。
にじむ視界のなか、一人ごつ。

きっともうすぐ戦争は終わる。大切な何かを守れないまま。
あの人が綺麗だといった街を崩したまま。


「私は、どこで間違ったのでしょうか」


つぶやく言葉が乾いた空気に溶けて消える。
目を閉じる刹那、浮かぶ緑の残像に思い出したのは、優しすぎ る愛しい人の澄んだ目の色だけだった。








あの日々が、続いてくれればよかったのに