それがあいつらの幸せなら、それはそれで
子どもの時間 B
「よっ、おふたりさん、元気でやってっか?」
久しぶりに見た奴は、少しやつれたようで、それでも俺を見ると笑った。
イタリアがきゃあと声をあげながら走ってくる。どうやら俺は嫌われてはないようだ。
持ってきた菓子の箱を渡してやると、それを嬉しそうにのぞきこんで、それからドイツの野郎のところへ持っていく。
我が弟ながら素直で可愛いじゃあないか。思わず緩む頬はそのままに、俺は日のあたる玄関口で立っている。
箱を受け取り、その中身を見た奴は困った顔。
「…こんな高そうなもの、いいのか?」
「構わねぇよ、かわいーい弟のためですからねー。」
にーっこりとイタリアに向けて微笑んでやったら、解ってるのか解ってないのか(いや、多分後者だけどな)きゃー!っとイタリアは楽しそうに叫ぶ。
箱を抱えたまましばし俺とイタリアを見ながら困っていた奴も、漸く受け取る気になったのか、溜息をひとつはいた。
「…すまんな、毎回毎回…とりあえず…あがっていくか?」
なかなか気の利いたセリフも吐くようになってきたもんだ。
俺は笑いながら、部屋の中に足を踏み入れる。
「そうさせてもらいますかねー。」
「きゃーあ!!!」
イタリアが俺にまとわりついて離れない。
大きな窓を備え付けた部屋の中は暖かい光に満ちている。
壁に大きな絵。黄色のひまわり。おそらくイタリアが描いたに違いない。
荒い線の中に見えるのは才能の片鱗だ。
うまいねぇ、と呟いたら、聞こえたのか、イタリアが得意そうに笑う。
少し伸びた髪が風に揺れて目にかかりそうだ。切ってやるべきか、と逡巡。だってドイツの野郎こういうの苦手そうだろ?
「アップルティーでいいか?」
顔をあげれば、ドイツは白いティーポットを手にして立っている。
その前には同じく白いカップ。えらく不似合いな組み合わせ。
「お前、そういう趣味だったか?」
「…イタリアが是れが好きだと言ったんだ。」
だからこれしかない。と言うドイツの顔は面倒なはずのこの状況の中、どこか満足そうに見える。
確か、あいつはコーヒー党だったはずだ。こんなの好みではないだろうに。
出されたカップに口をつける。
ふと、棚に見慣れない菓子箱が入っているのが目についた。
アルファベットとは違う文字の並び。
「…日本、来てたのか?」
「なぜ?」
「菓子箱がある。」
大きな窓の向こうでイタリアが飛行機の模型を振りまわして遊んでいる。
姿が見えなくなったと思ったら向こうに行っていたのか。
楽しそうな声が響く。ドイツはそちらをちらり、と一瞥してから、あぁ、と一言だけ答えた。
あぁ、来たな。
しん、とその場が静まりかえる。
外ではイタリアの声。沈黙を破ったのはドイツだった。
で?と不審気な声をあげる。
「で、それがどうしたというんだ。」
睨むような視線が痛い。
その視線だけで、だいたい日本が何を言ったのかは予想がついた。
まぁ、大方イタリアをどこかへ預けろとでも言ったんだろう。
棚の中の菓子箱はまだずいぶんと新しい。
来たのは、つい最近と言ったとこか。
ドイツは目の前のカップをぐるぐるとかきまぜている。
とたん、大きな音がした。ドアの空く音。
「どいつ!!!」
太陽の匂いとともに駆け込んできたのは見慣れた茶色だった。
あー!と意味不明な声をあげながら出してきたのは黄色の花。
「ひまーり!」
「いや、イタリア、これはひまわりじゃない…マリーゴールドだな。」
ふ、とドイツが笑う。
俺は思わずカップを持つ手を止めていた。
コイツのこんな顔は、見たことがなかった。
イタリアが笑う。花が揺れる。
俺は、なんだか急に可笑しくなって、はは、と小さく笑った。
ドイツが不審そうに振り向く。
その顔に向けて、俺はひらひらと手を振った。
そんな顔すんなっつの。
「心配しなくても、お前らのことに口を出す気はねぇよ。」
冷めていくアップルティーを喉に流し込む。
「お前らがそれで幸せなら、そうしたらいいさ。」
たとえ、その関係がなんであろうと。
ひだまりに包まれた部屋の中を見渡す。
なんてここは暖かくて優しい空間なんだろうか。
その暖かさは危ういバランスの上に成り立つものでしかないと、そんなことは解っているのだけれど。
(それでも、今コイツらが幸せだというのなら)
「俺は、これで構わねぇよ。」
イタリアは楽しそうにマリーゴールドの花を回している。
紅茶を飲みきって、カップを置いた俺に気づくと、嬉しそうに笑った。
「あげるーぅ。」
目の前に出された黄色。
ふわりと香るのは花の匂い。
一瞬ためらってから、それを受け取った。
その向こうで、ドイツが困ったようにたちすくんで。
あぁ、それでもここはこんなにも居心地がいいのだ。
「ありがとな。」
笑いながら、イタリアの頭を撫でる。その手に迷いがないわけではないけれど。
二つの幸せを同時になんて叶えられやしないのだ、と解っているから、俺はこうしていれるのだ。
元にもどることばかりが幸せじゃあないさ