この気持ちは、醜いものだってそんなことは解っているんです



子どもの時間 C


「このままでは、二人にとって良いことはなにもないでしょう!?」

目の前で日本が叫んでいる。

そのことを、フランスはどこか他人事のように見ていた。
日本と自分を分けるように置かれたテーブルの上にはコーヒー入りのマグカップ。
大分冷めてしまったそれを飲む気にはなれず、フランスはぼんやりとスプーンでそれをかき混ぜる。
揺れる水面。揺れる何か。
自分の方を見すらしないフランスに苛ついたのか、日本の舌打ちが聞こえた。


「あんな風に共依存的になってしまった関係では、治るものもなおりませんよ!
あれでは、ドイツさんは疲れてしまいます。このままではダメなんです!!!」


口調が激しい。だん、と大きな音がして机が揺れた。日本が殴るようにたたいたからだ。
冷めたコーヒーが零れて白いテーブルクロスに奇麗なコントラストを描く。
フランスは何も答えない。

「なんで貴方は何もしないんですか?それでいいんですか!?貴方だって、イタリアさんの幸せが大切なのではないの、」

「…わかっちゃいるんだ。」

静かな声。しかし、日本の声を止めるには十分だった。
フランスは顔を上げようともしない。ただ、遠くを見つめたまま続ける。


「あいつらの関係はおかしいということくらいは。だけど、なぁ。」


ははは、とフランスは笑う。乾いた笑い。
ポケットを探って出した煙草をだるそうに銜えて。


「お前の気持ちはとてもよく解る、が、あいつらは放っておいてやれよ。」


呟きながら、彼は日本を振り向いて、そうしてまた笑うのだ。


「あいつらは、あれで幸せなんだ。」


だから、ほっておけばいいじゃないか。


「私だって。」


何かをあきらめたような、それでいて満足したような彼の笑みを前にして、どうすることもできずに。
日本は少し俯いて、力なく呟くしかない。

「私だってそんなことわかってはいるんです。あの二人はあれでもう完結してしまっている。
もはや他には何も必要なんてない。ですけど、」

フランスは煙を吐き出しながら、テーブルの向こうを見る。
俯かれた黒髪。その下の薄い肩が震えていた。

「ですけど、ただ、胸が苦しい。解ってはいるんです。これは、私のわがままなんです。私は、彼らが、お互いに絶対的に必要とし、またされているあの関係が、羨ましくて、私は、」

「…まぁまぁ、そんくらいにしとけ、な?」

不必要に自分を追い詰めることもないさ。
フランスは黒髪に手を延ばす。くしゃり、とかき混ぜるようにしてなぜた黒髪は以前よりも少し痛んでいるようだ。
彼は、彼で苦しかったのだろう、とフランスは思う。
自分と違い、諦めを知らない強い国だから。だれかに頼らず、一人で立つ国だから。

煙を空へと吐き出しながら、この空の下で笑っているだろう二人を想う。
幸せになってくれ。この願いはエゴでしかないと、その願いでは誰も本当の意味で幸せにはならないのかもしれないと、それは解っているのだけれど。

吐き出した煙は空の青に溶ける。
テーブルの向こうで震える日本のその眼から零れるしずくは見なかったことにして、フランスは目を閉じた。





あの2人の幸せは何か多くを犠牲にして成っている