05,駅前交差点



駅を出たら、そこは都会でした。



がたんがたん


大袈裟な音を立てて、列車が走り去っていく。
私はそれを後ろに聞きながら、眼下に広がる風景を見ていた。

石段の下には人、人、人。
思わず、息をのむ。これが、都会というものなのか。
横にある、英語の標識を見る。ロンドンシティ。あぁ、ついに来たのだ、と思う。
ここは、ロンドン、世界の先頭を走る街。


「…日本、日本!」


聞きなれた声に振り向くと、雑踏の向こうに見慣れた金色が揺れている。
…イギリスさんだ。
私の同盟国であり、時代の先を行く見習うべき人。

「ここです。」

手をあげて答えると、あぁ、と返事が返ってきた。
雑踏をかき分けるようにして、イギリスさんがやってくる。
私の国では目立つ金色の髪も、ここでは目立たないらしい。むしろ、私の黒髪のほうが目立っているかもしれない。
私の前まで来た彼は、凄い人だよな、と笑う。
本当だ、と私も思う。凄い人だ。何かを見失いそうなほど。


「で、どうだ?ロンドンは?」


「…噂には聞いていましたが、凄く大きな街ですね…驚きです。」


私の呆然としたような答えに彼はそうだろ、と誇らしげ。


「この街は、俺の誇りだからな。」


笑う彼を見ながら、私はまたロンドンの街並みを見る。
ひっきりなしに通る人々。向こう側の見えない交差点。

…みな、迷わないのだろうか、この人の中、この雑踏の中。
どことなく不安だ、と思う。少し、ここは人が多すぎる。


「とりあえず、行くか。ここにずっといるわけにもいかないしな」

「えぇ。」


そう言って歩きだした彼の後ろをついていく。
人、人、人。
すれ違うあまりに多い人の量に覚えたのは軽いめまい。
風に乗って届く香水の香りがキツすぎて、むせ込んでしまう。
顔をしかめて見た前方もまた人にあふれていて、下手をしたら彼を見失いそうだ。
不意に、足が段差に引っかかった。よろめく瞬間、支えられた体。


「…大丈夫か?」

「…イギリスさん。」


困ったような顔をしたイギリスさんがそこには立っていた。
すいません、という私に、彼は首を振った。


「人、多すぎるからな、仕方ない。」


なんとか体を起こして見た街にはやはり多くの人。向こうも見えないほどの人。
多すぎる、ここにはなにもかもが、ありすぎた。


「この街は、」

誰にともなく、私は呟く。
この街、は

「とても素晴らしい街です。ただ、あまりに素晴らしすぎて、私は、」

何か、迷ってしまいそうです。


一瞬の沈黙。私ははた、と我に返る。あぁ、そんなこと言うべきではなかった。
この街は、彼の誇りなのに。

ごめんなさい、と謝ろうとした私の前で、イギリスさんは困った顔をしたまま。
不意に私の前にだされたのは意外なもの。


彼の、右手。



「…イギリスさん?」

「あ、あぁその、迷うというなら、」


向こうを向いてしまった彼の顔は微か赤に染まって


「手を、その、だな」


手をつなげ、ということだろうか。
差し出された手は白い手袋に包まれている。
なんだか、そう、なんだか

心が不意に暖かくなってしまって、私はくすくすと笑ってしまう。
それに慌てたように引っ込めようとされたその手を私はそっと握った。


「確かに、これなら大丈夫です。」


右手をつないだままで歩く私たちはどんな風にみえているのだろう。
そんなこともどうでもいいくらいなんだか心がはねていた。

目の前に交差点がある。
世界の先頭をいく街はあまりに人が多くて、向こうも見えないくらいで。
でも、もう見失いはしないでしょう、前を歩く見慣れた人の耳が赤く染まっているのをみながら、私はまた小さく笑った。





この二人甘過ぎて胸やけしそうです