あぁ、それはそれはとても奇妙な共同生活のお話
一か月共同生活
〜三日目〜
かちゃん、と音。
陶器の触れ合う音だ。おそらくカップとソーサーが触れ合う音
。
あぁ、そうか。もうティータイムなのだ。
ゆっくりと目を伏せた向こうに光がうすらと見えて、なんだか妙な気分だった。
自分の他に、ここに人がいるのだ
辺りにうすらと紅茶の香り。ミルクティーか。昨日高級なアッ
サムが手に入ったから、それかもしれない。
身を沈めた安楽椅子の柔らかさにため息を一つ。のんびりとし
た昼下がりは嫌いでは無い。特に天気の良い日には。
『やはり、近代化を進めるにあたって、お手本となる国を学ぶ
ことは大切だとおもうのです。』
あの日、彼はそういった。
『そこで、イギリスさん、貴方の家に一か月ほどおじゃまさせていただき
たいのですが・・・よろしいでしょうか?』
「イギリスさん、お茶が入りました。」
声に驚いて目を開ける。
視界に入ったのは風に軽く揺れる黒髪。
うぁ、と変な声を出したイギリスに日本はくすくすと笑う。
手には銀色のお盆。マイセンのカップが陽光を反射して輝いた
。
どうぞ、小さな声と共に目の前にカップが置かれる。
「どうぞ、上手く淹れられているか解りませんけど。」
綺麗な薄茶色を称えたミルクティーは見た目からして上手く淹
れられているだろうことは明白。
イギリスは小さく感嘆する。一回教えただけで、ここまで上手
く淹れることのできる人も珍しい。
ことり、小さな音に下を向けば、クッキーの乗った皿。
「・・・お前、作ったのか、これ。」
「あ・・・えぇ、作り方を書いた本があったものですから。」
どうぞ、といいながら笑う彼に勧められるがままに口にはこん
だジンジャークッキーからはさくさくと心地好い音。
なんだかやるせない気分になってイギリスは下を向いた。
俺、ここまで上手くつくれねぇ…
俯いたイギリスを違う意味に捉えたのか、とたん、すいません、と声が降ってくる。
すいません、お口に合いませんでしたか?
「いや、上手い、上手いけど、さ・・・」
これ、俺がフランスに罵られなかった唯一の料理だったのに、
日本に教えられなくなっただけだ・・・うん・・・
「けど?けど、なんですか?」
「いや、なんでもない・・・うん・・・」
日本が文化を学びたいと言ってイギリスの家に来たのはほんの二日前のこ
と。
その日、気合いを入れて歓迎のディナーをイギリスは作ったのだ。
そう、それはイギリスにとっては快心の出来だった。それなのに、
それなのに、なぜかその料理を半分も食べないうちに日本はこう宣言
したのだった。
これから、料理関連は、すべて私がやらせてもらいます。
『いや、客に料理させるなど・・・』
『いえ、文化を学ばせていただせる代わりです。やらせてくだ
さい。本当にお願いします。やらせてください。』
なぜか、目が必死だった
・・・理由は、考えたくない。
はぁ、とため息をつきながら口にした紅茶はミルクがいやらし
く無い程度に効いていてとても美味しい。
何とはなく美味しい、と小さく呟けば、日本は笑う。
「それは、良かった。」
風に揺れてたなびく黒髪があまりに奇麗だったから、
だから、だろうか?すぅ、と頬が熱くなる感覚。
慌ててイギリスは下を向く。あんな小さな言葉にも返答するとは思ってもいなかった。
最近自分はおかしいのだ。日本を見るとどうにもおかしい。
「イギリスさん、どうかしました?」
「や、なんでも・・・ない・・・。」
本当になんでもないのか?
胸の辺りが苦しくて仕方無い。さっきまでのやるせない思いはどこかへ霧散してしまっていた。
後に残るのは、紅茶の甘い余韻だけ。
日本は首を傾げたまま、とことこと台所へと消える。
自分の分の紅茶を淹れるのかもしれない。
その後ろ姿を見ながら、イギリスはぼんやりと思う。
日本がここにいるのは一ヶ月。
そのあいだに、この得体のしれない気持ちがなんなのか、解る日はくるんだろ
うか。
不器用二人の不器用な同居。
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