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目が覚めたら、そこは白いベッドの上だった。窓から差し込む光がまぶしい。目を細める。揺れるレースのカーテン。あ、ここ、オーストリアさんの家だ。
「…イタリア、」
不意に、入口の方から声がする。低くて、染み込んでくるような声。ドイツの声。いつもは嬉しいはずの声に、いまは何故か頭が揺さぶられるような嫌な感覚を覚えた。あぁ、だって、俺は気付かれた。女だって、汚れてるって。あぁ、
「来ないでよ。」
「…いや、その、心配になったから来ただけなんだが、」
「来ないでって言ってるじゃん!!」
自分でも、びっくりするくらい大きな声が出た。
ドイツが息をのむ音が一回聞こえて、それからドアの閉まる音。どうして、こんなひどいこと言ってるんだろう。でも、きっとドイツも思ってるはずだ。汚れてるって。俺は汚れてるって。優しさなんて、苦しいだけだ。
がちゃり。
また、ドアの音がした。俺は知らずに顔をしかめる。今は、会いたくないの。
「来ないでって、」
「私も、駄目かしら?」
さっきとは違う声。柔らかく高い、しんと響くような。ハンガリーさんの声。女の声。
ゆっくりと体を起こすと、俺の目の前、金色の緩い髪が風に揺れていた。その微笑みを直視できなくて、俺は顔を伏せる。ハンガリーさんはほほ笑んだ。そのまま、ベッドサイドの椅子に座る。
「…会いたくないって、気持ちは解るわ。でも、あの言い方はなかったんじゃないかしら。」
そんなことは解ってる。でも、自分のことでいっぱいで、気が回せなかった。白いパジャマを着た自分の体はまだまだハンガリーさんに比べると貧弱で、それでも確実に女になりつつあった。気持ち悪い。気持ち悪い。
「…ドイツ君が、運んでくれたのよ。」
「え?」
「ここまで。」
ハンガリーさんが緩く金髪を書きあげた。ふわり、香る香りは優しい。揺れるカーテン。
「倒れていたの。教会のところにね。生理がはじまったから、貧血をおこしたのね。あまりにあなたが大声でさけんでいたから、ドイツ君が気付いて、それでここまで。」
生理。俺はそっと腹部を撫でる。生理、始まったんだ。だから、最近くらくらしてたんだ。白いシーツに包まれた腹部はやわらかい曲線を描いている。お腹、いたい。湧き上がる嫌悪感と、恐怖と、その他いろんな感情で変になりそう。頭を抱えた俺の前で、ハンガリーさんが辛そうな顔をする。白い手。金色。
「ごめんなさい。」
急に、声がした。ごめんなさい。その意味がわからなくて、顔をあげた俺の前でハンガリーさんは髪を掻きあげる。ごめんなさい。また、声。
「どうし、てハンガリーさんが、謝る、の?」
「思い出したんでしょう?あのときの、こと。」
びく、体が硬直してしまった。ごまかそうとしたのに、これじゃごまかせない。視線をふらふらとさまよわせた俺の前でハンガリーさんはまた辛そうな顔をした。
「あの時は、あぁするしかなかったの。あなたを傷つけたくなくて。でも、そうよね。こんなことしても逃げにしかならないわよね。ごめんなさい、私たちのせいで、貴女は今、傷ついている。」
「別に、ハンガリーさんがあやまることじゃ、」
「いえ、私たちの責任よ。」
顔をあげた、ハンガリーさんの目に、光る涙。俺は何も言えなくなって、白い手が俺の手に重ねられる。柔らかい感触。俺の手も、いつかこんな風になるのだろうか。白く奇麗にすんで、そして、何かを生み出せるの?
「でもね、お願いよく考えて。どうして貴女の体は今になってこんな風に変わったのか。どうして女であることを拒絶していた貴女の体が、今こんな風に変わったのか。貴女の気持ちを隠さないで。お願い。お願い。」
白い手は、俺の手を掴んで、離さない。その上に落ちる滴。俺は動けない。あぁどうして、どうしてこんなにも胸が苦しいんだろう。ドイツの顔が頭に浮かんだ。強いけど、優しい腕に、不意に抱きしめられたくなった。胸がうずいて、苦しかった。俺が女に生れた意味がもしまだ存在しているのなら、願わくば。
「ねぇ、イタちゃん。女であることを、悔やまないで。悪いことなんて、何もないの。」
愛してほしかった。彼に。