B
「っいやぁ!!!」
俺は思わず大きな声をあげて、それから一気に体を起こす。悪い夢をみたのだ、だからおきてしまったのだろう。なのにどれだけ考えても内容が思い出せない。頭に霞がかかったように何もわからない。
「また、きっとあの夢なんだ。」
呟きながら、俺はベッドの上に起きあがった。ベッドサイドのテーブルの上には写真立てが置いてある。その中に一枚の絵。ずっと昔にオーストリアさんの家で描いてもらった一枚の絵。俺とハンガリーさんとオーストリアさんと、神聖ローマ。その絵は俺の子ども時代の小さな切れ端。この絵に内包された思い出は確かに俺のものだ。誰にも渡さない、俺だけのもの。
「だったら、あの夢はなんだろう。」
どれだけ思い出してもあの夢に関連するようなことは何も思い出の中に無い。もちろん自分だって全てのことを覚えてるわけじゃあないとは思うけど。けど、こんなに何回も見ているのに。おかしい、おかしいよ。同じ夢ばかりなんておかしい。理由が解らないことで心が動かされちゃうのは嫌い。ドイツと違って理由は全てはっきりさせないと気が済まないというような性質じゃあない。でも、何かよくわからないものは嫌。理解できないものに心動かされるのは嫌。なのに、一番解らないのは自分自身なんて。ゆっくりベッドから立ち上がると頭がくらくらして、思わずサイドテーブルに手をついてしまった。最近立ち上がると貧血のようにふらふらしてしまう。起立性の脳貧血じゃないかとドイツに言われた。立ち上がると、頭の血が一瞬足に降りてしまって足りなくなり、頭がくらくらするらしい。だるい体を引きずるように歩く。
「怖い。」
小さく呟いた。自分が、変わっていくのが怖い。こんな風に少しずつ変わっていくのが。自分でも気付かないうちに、自分は少しずつ変わっていっている。今この瞬間も。写真立ての中の絵は俺に変わらず微笑みかけていて、俺は少し心が痛くなった。何かを、あの時に置き忘れている気がする。