夢を見ていた。怖い、怖い夢だ。暗い部屋の中、俺はどうすることも出来ずに、何故か啼いている。
怖い、怖い夢だ。助けて、俺は叫ぶ。なのにその声は届かない。暗い、暗い、ここは闇だ。助けてほしい。助けて、助けて。

俺は、夢を見ていた。











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「…タリア、イタリア!」

声がする。声が。優しい声。大好きな声。俺はゆっくりと目を開ける。暗闇から急に光に投げ出された目は一瞬まぶしさを訴え、でも次第に目が慣れるにつれて、世界はゆっくりと開けていく。光になれたその眼にうつるのは見慣れた顔。ドイツ。

「こんなところで寝るな。全く…」

呆れたような声をする彼に俺はほほ笑む。ごめんね。声ばかりの謝罪。彼は露骨に顔をしかめて、あぁでもね、怒ってはいないことを俺は知っている。いつも彼は怒ったように話すけれど、本当は俺を心配してくれているのも知っている。だから、大丈夫。ゆっくりと手を上にのばせば、彼がその手を取ってくれた。暖かな体温に心は安堵して、俺はまた眼を閉じた。寝るな、とたんに上から降ってくる声。気だるげに目を開けなおすと、彼がこちらを不安そうにみていた。大丈夫なのか?聞かれるけれど、俺はその質問に首をかしげるしかない。今は風邪も引いてないし、けがもしてないし、元気だよ。解っていない風の俺にドイツはため息を吐いた。そんな仕草もかっこいいけれど、あぁ、なんだろうな、ちょっと俺はきまずくなった。

「うなされていたんだ。だから、不安になってな。」

うなされていた、俺が?あぁ、そういえば、何かとても嫌な夢を見ていた気がする。少し体を動かすと、頭がくらくらした。べっとりしたシャツは気持ち悪くて、そうか、冷汗をかいていたんだ。嫌な夢をみていた。でも、それがどんな夢なのか今となっては思い出せない。全く思い出せない。でも、こんなことは何も不安に思うことじゃあないよね。俺はよく夢の内容が思いだせないから。嫌な夢の時ほどその傾向は強い。だから、今回もその一部、でしょう?だから大丈夫、だいたい普通、人って夢をそんなに覚えているものじゃないし。俺は笑って、起きあがる。

「大丈夫だよ、心配性―!!!」

笑いながら駆けだすと、後ろからドイツのため息がまた聞こえてきた。全く、とか言っている。逃げる俺の腕を掴む。その手は大きくて力がある。俺のとは大違いだ。そのことをドイツも感じたらしい。彼は俺のふにふにの腕を掴んだまま、言う。

「そうやって寝てばかりでろくに訓練もしないから、いつまでも女みたいな腕なんだ。」

“女みたいな”その言葉に俺は少し黙って、それからそうだね、と笑って返した。そうだね、俺訓練しないからさぁ。あぁそうだ、俺トイレ行きたい。ねぇ、それ終わったら訓練するから。
急いでそれだけ吐き捨てて、足早にトイレに向かう。後ろからドイツの困ったような声が聞こえて、それでも振り返らなかった。そのまま走って個室に入って、扉に背を向ける。吐き出したため息は思ったよりずっと沈んで聞こえて、俺は苦笑。

「ドイツは、どう言うだろうな。」

そっと、胸のあたりに手をあてる。ふに、と少し柔らかな感触。そう、まるで"女みたいな"、ね。まだまだブラジャーをつけるところまではいかないけど、でも明らかに柔らかな感触。ずり落ちて腰パンになっていたズボンをあわててあげてベルトで締める。前はこれでぴったりだったのに。ウエストが細くなってる。あぁ、そうなの。ごめんドイツ、黙ってるけど、さぁ。

「おれ、おんななんだよね。」

呟いた声は個室の狭い壁に響いた。