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俺が女なのは生まれつきのこと。でも、自分ですら、自覚はあまりない。確かに自分は女として生まれたのだし、機能としても女のものがあるわけなのだろうけれど、その発達が著しく遅いから。もう俺は20くらいの外見にはなっているはずなのに、まだ胸だってぺたんこだし、生理?もないし、まだまだ男か女かもわからない、中性的な雰囲気のまま。だから、ずっとごまかしている。この世の中、国として生きていくのに女であることは有利ではない。力が弱い国は淘汰されるこの世の中で力の弱い女であることは避けるべきことだから。だから、男としてできるだけ生きていくこと。それは俺がオーストリアさんから学んだ知恵だった。
『ハンガリーのように強くあるのならいいのです。』
彼はいつも俺にそう言った。
『ただ、貴方はまだ国として未完成な部分が多い。貴方の成長が遅いのもその一因でしょう。ですから、貴方は男としていきなさい。それが良い結果につながります。』
オーストリアさんの言うことはいつも正しい。だからきっと今回も正しい。うん、そうだ、だから、いままで男として生きてきた。それを悔いてはいないし、それに助けられたことも多い。それは認める。
「でも、ねぇ、」
そろそろ、限界なのかもしれない。最近、少しずつ自分の体が変わってきている。ウエストが細くなって、ベルトがないとズボンがとまらない。軍服の肩幅が合わない。ドイツの前で上半身裸になることが無くなったのに彼は気づいているだろうか。気づいてないとは思うのだけれど。彼はこういうところでいつも鈍い。でもそんなところも好きだ。好き。最近、ドイツのことを好きだ、と思うことがある。この気持ちはどういったらいいのか解らないけど、あぁそれでも兄ちゃんとかへの好きとは違うの。ドイツのことを思うとき、胸がきゅうと小さくなる気がする。そして、ふと俺は女の子だって思う。それはいいことか悪いことかは解らない。
俺は目を閉じて考える。いいことか悪いことかは解らないけれど、ただ一つ感じていることがあった。この変化が起こり初めてからというもの、嫌な夢を見ることが多くなっている気がするということ。昔から俺は同じ悪い夢を見続けている。その内容は覚えてないのだけれど、でも同じ夢だとわかる。酷く苦しくて辛い夢。あぁ、それに、昔はその嫌な夢は全てすぐに忘れてしまっていたのだけれど、今は僅かだが覚えている。幼い自分が歩いている。歩いてどこかに向かっている。そこで俺は嫌なことに出会った。それだけだけれど、それでも確かに覚えている。駄目だ。駄目だ。
ずっと前から気付いていたことがある。この夢を見始めたころから気付いていたこと。俺の記憶が飛んでいること。神聖ローマが消えてから、しばらくの記憶が俺にはないこと。昔のことだから忘れてしまったのだろうと皆は言った。でも、それより前のことは覚えているのに。ここだけすっぽり忘れているなんて。どうして。俺にはわからない。あの夢の続き、俺はどこへ行ったのだろう。
ゆっくり目を伏せる。駄目だ。
「イタリア?」
遠くからドイツの声がした。俺はそのまま少し頭を抱えて、呟く。
「自分が少し、解らない。」