04,チェックメイトドリーマー



「ねぇ、日本、チェスしよ?」

にこにこ笑いながらチェス盤を出してきたのは、イタリアだった。

「チェス…ですか。」

「そう、日本、やり方しらない?」

「いえ。そういうわけでは。」

「じゃあやろうよー」

にこにこと笑うイタリアに日本は曖昧に笑う。
チェスのやり方を知らないわけじゃなかった。少し、将棋とも似ているし、それほど苦手というわけでもない。
ただ、意外だっただけだ。イタリアに、チェス。
チェスは戦略を立てていくゲームだ。だから、得意なのはむしろドイツやイギリスの方であり、普段ぼんやり
して作戦などとは無縁なイタリアに、それは酷く似つかわしくない。

ちらり、と日本が顔をあげたその先で、イタリアが駒を動かしている。
テーブルの向こう、椅子の上で膝を抱えたような変な座り方。手元には菓子が散乱していて漂うのは甘い香り。
かたん、駒を動かす動作はどことなく頼りなかった。初心者が将棋を打っているような、そんな感覚。
やはり、こういうゲームはやりなれていないのかもしれない。日本はそう判断しながら、自分も駒を動かした。
コン、と軽い音をたてて、イタリアの駒を倒した。黒のルーク。イタリアが驚いたように目を見開いて、それからすごいね、と呟き。

「凄くないですよ。イギリスさんと対戦したときは、すぐ負けました。」

「ふうん。」

さく、とイタリアがビスケットを食べた。こぼれる菓子屑。
日本はオーストリアなどにくらべて礼儀作法に厳しい方ではないと思う。
それでも、ついつい顔が歪んだ。掃除が大変じゃないですか。
イタリアは気にも留めない様子で駒を動かす。ことり、小さな音。緩慢な動作で倒れるのは日本のポーン。
いっこもーらい、と間延びした声。
まぁ、これは仕方無い、と日本は駒に手を伸ばした。あのポーンは捨て駒だから。

「…日本とイギリスさんってさぁ、仲良しさんだよね。」

呟き。
日本は顔をあげた。俯きぎみに菓子を食べているイタリアの表情は読めない。
こぼれる菓子屑。日本は駒を動かした。


「…昔の話です。」

「そう?」


こん、と日本が手を打ち終えるとほぼ同時にイタリアも駒を動かした。
ことり、と置かれる駒。速い。
本当に考えて打ってるのだろうか、といぶかしんで見たイタリアの顔はやはり下を向いたままで表情が見えない。
日本はしぶしぶ次の手を考える。チェスは先を読むことが大切なのだ。


「でも、今でも仲良しに見えるよ。俺にはさぁ。て、いうか。」


こん、日本は駒を置く。瞬間、イタリアの手が伸びた。
すぐに動かされる駒。かたん、と音を立てて日本の白い駒が倒された。速い。
これでは考えてる暇がないじゃあないか。


「好きなんでしょ?」


コツーン

高い音。は、と気づくと、さっきとったイタリアのルークを下に取り落としていた。
ごめんなさい、と一言言ってかがみこんでそれを取る。
下には菓子屑が散乱していた。ルークを手にとって、その時初めて自分の手の冷たさに気づく。
なんだか、詰問でもされているような気分だ。そんなそぶりはないのだけれど。

「…イタリアさんと、ドイツさんが仲が良い。それと、似たような、ものでした。今は、それすらないですが。」

言い訳じみた響きだ、と自嘲する。
何に言い訳したいのかもわからないのに。椅子に座りなおした日本は震える手で駒を動かす。
すぐにイタリアも駒を動かしてきた。あぁ、頭を整理する時間すらない。

「ふうん、そうなの?」

イタリアの手は菓子のバターで汚れていた。
俯きかけた顔はさっきから一度もあげられていない、。それは救いであり、恐怖でもある。
考えがまとまらない。日本は頭に手をあてる。先を読まなければ。


「それならー。」


震える手で駒を動かす。もう、作戦などどこかに置いてきてしまっていた。


「Io gli fabbrichero la mia cosa.」


小さな呟き。その早口の異国語は日本にはききとれず、顔をあげる。
途端、イタリアの手が動いた。コーン、動く、駒。


「ちぇっくめーいと」


イタリアの顔が上がる。笑みだった。怖いくらいの。
は、と気づいて、顔をチェス盤に向ける。優勢だったはずのゲームに、大敗していた。

「日本、油断したでしょー。」

「あ、はい…そうですね。」

震える手で、チェスの駒をいじる。
心のどこかで、このゲームが終わってくれたことに安堵する自分がいた。
かたづけましょうか、と呟く。そうだね、と返答。

「あのね、日本。」

イタリアはにこにこと笑っている。
チェスの駒を集めるその手は楽しそうだ。

「俺ね、チェスって好きなの。」

「はぁ。」

こん、とイタリアが目の前に駒を置いた。
白のキング。日本の、駒。


「ほら、少しずつ、相手を自分のにできるでしょ?」


笑いながら、イタリアはチョコを口に入れる。
ぺろ、と口についた分を舐めとる姿にぞっとした。
捕まる、と不意に日本は自分でも謎な感覚にとらわれる。
うまく、自分は笑顔を作れているだろうか。


「全部俺のになるんだよ、最後はね。」


白のキングの向こう、イタリアが笑う、わらう、きれいに。
負けてしまいそうだ、とふと思った。




文中のイタリア語は翻訳機能に突っ込んだだけだからおかしいかもしれない。
チェスの知識もないです。ごめんなさい。イタリア実はチェスとかうまいといい
最近この二人すきだ