その眼の中に、空
空は、好きだ。空を見ているのが好きだ。僕のところにはイギリスさんのところのように輝かしい過去があったわけではない。アメリカのように、輝かしい今があるわけでもない。常にひどく落ちることも、また栄えることもなかった僕のところにただひとつ常に変わらず素晴らしいものがあるとしたら、それは空だった。緯度の高いこの地方で空は澄んだように青く、群青から空色に変わる。僕は空を見るのが好きだった。ずっと昔から好きだった。
いくら三月に入ったとはいえ、ここはまだまだ寒い。マフラーをつけたまま、白い息を吐き出して寝そべった僕は空を見た。昨日まで白い粉を降らせていた空は今日は晴れ渡り澄んだような青に染まっている。僕は手を伸ばす。白い雲は指の間をぬけるように流れる。僕は昔から目立たなくて、アメリカにいやに似てしまった自分のことは正直あまり好きではなかった。それでも、目だけは僕の誇りだった。澄んだ空色、空を溶かしこんだような青。大好きな空と同じ青を僕は目に溶かしこめた、それだけでよかった。
「なーに見てるんだい?」
ふいに、間の抜けた声とともに青色が途切れた。目の前に広がる僕によく似た顔。アメリカだ。見えなくなった空に僕は少しだけ不機嫌な顔。
「空だよ。」
「空?」
彼は聞き返すと、空を見上げた。上を指さして、彼は問う、空?その声にうなずくと、彼は大袈裟に溜息。オーバーリアクション、彼の癖だ。
「まーた君はそんなものを見てるのかい?なんだかそういう妙にロマンテイックなところばかりイギリスに似ているな君は!そんなものばっかりみているから君は発展できないんだ!」
彼の毒舌はいつものことだ。僕はぼんやりと彼の頭の後ろを流れていく雲を見つめる。白い雲、形を変えて流れていく。彼の声がすこしずつ遠くなる。流れる雲、僕はぼんやりと空を眺めて、
「っカーナーダ!!」
それは、突然だった。急に、僕の腕がつかまれる。あわてた僕をひっぱりあげるようにして、彼の手が寝ていた僕を引き起こした。目の前に彼の顔のどアップ。かれは怒ったような顔。
「聞いてるのかい君は!そんなんだから存在感がないっていわれるんだぞ!!」
怒る彼、ひかれた腕、みえなくなった空。僕はあわてたように瞬きをして、そして、気づく。
「ほら、まーたぼーっとする!いったい君は何を見てるんだい?本当に、」
「…空を、」
返答した僕の前、彼の動きが止まる。ぱちり、瞬かれた彼の大きな目をのぞきこみながら、僕は呟いた。
「空を、見てるよ。」
「空?」
いぶかしげに首をかしげた彼を前に、僕は笑う。困ったような彼の眼。その眼が僕と同じ空を溶かしこんだような青で、あぁ、そう、空をみなくてもいいよ。君の眼がみえてればいいや。困惑したように僕の腕を放した彼の手を今度は僕が逆に引いて、よろけた彼に僕は言う。
「君が、僕に似ててよかった。」
ここに僕の空がある。
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