01,ドイツとイタリアの場合
空中ブランコ
世界が終わる、というのはあまりにあっけない事実として辺りを包んだ。
逆らうことのできない運命。ある者は病み、あるものは祈り、あるものは悔いる。
混乱し騒ぐ群衆を背に見ながらドイツは奥の部屋へと足を向けた。
…そこには、イタリアがいるはずだ。
ドアを開く。カーテンを閉めきった部屋は薄暗く、篭る熱がまとわりついて離れない。
暑い。
その部屋の中央付近、白いクッションを抱えたままで、座り込む影。
「・・・イタリア。」
ドイツの声にイタリアはぼんやりとしたまま振り向いた。
視点の定まらない目がゆら、と揺れてそれでも一応ドイツに向かい止まる。なに?と返答。
ドイツはため息をついた。
こちらを向くイタリアの表情はどこか空を漂うようで感情が読み取れない。
最後に心からの笑顔を見たのはいつだったろう。
「大丈夫か?」
問いかけにイタリアはふと苦笑して下を向く。
きつく抱きしめられた大きな白いクッション。
「大丈夫かなんてなんでそんなこと聞くの?」
掃き捨てるような言葉。
「もうすぐ死んじゃうのに、んなわけないじゃん。」
あの日、世界がどこも等しく終りを向かえるのだとわかった日からイタリアはずっとこの調子だ。
わかったその日にイタリアは狂ったように騒いで、その翌日から、魂が抜けたように黙りこんだ。
抱えているのは白いクッション。元はドイツの家にあったものだった。
イタリアがねだったから、結局そのままイタリアに贈ることになったもの。
あの日、白いクッションを抱えて座り込むその様子はあまりに異常で、
見ていられずに声をかけたドイツにイタリアが呟いたのはたった一言、怖い。
「まだ、本当に終わるかは解らないだろう?アメリカが今、研究をしていると聞くしな、
助かるかも・・・「本当にそう思ってるの?」
宥めるようなドイツの声を遮ったイタリアの声は震えていた。
本当に?
ドイツは答えられない。否、答えは明らかなのだ。もはや、この運命を避けるのは不可能に近いのだから。
黙りこんだドイツをみながら、イタリアが何か呟いた。
その声はあまりに小さく、ドイツには聞こえずに空に落ちて消える。
ふら、とイタリアが立ち上がった。
握り締められた白いクッション。
どうした?とドイツの声。
イタリアが顔をあげる。
笑顔、だった。
久しぶりの笑顔だった。
以前にドイツのそばで甘えていたときと同じ。
その笑顔に思わずドイツは心が緩む。
イタリア、と声をかけようと、一歩踏み出したそう、その、瞬間だった。
ぱぁん
部屋に響いたのは、乾いた音。
踏み出したはずのドイツの足が、地につく前にぐらり歪んで、出そうとした声はぐぅ、という変なうめきに消える。
腹辺りが熱い、とドイツは思う。
視界に映る赤。これは、なんだ?
「ねぇ、ドイツ、聞いて?」
立つこともできず、床に倒れこんだドイツの前に、イタリアが立っていた。
白いクッションが床に落ちている。
その手に、短銃。
クッションの下に、隠していた?
「俺ね、ずっと考えてたの。俺、怖かったの。死ぬのもだけど
さ、それよりももっとドイツと離れちゃうことが。ねぇ、それで
ね、思ったの。」
今、一緒に死んだら、ずっと一緒かなって。
腹が熱い、とドイツは思う。視界に赤い液体が広がるのが見え
た。
白いクッションが赤に染まって行く。
『ねぇねぇ、このクッションちょうだいー』
『…自分で買えばいいだろう』
『うぶー俺はこれが、好きなのにー』
不意に頭をよぎるのは懐かしいひととき。
赤くなるクッションを見ながらもう駄目だろう、とやけに冷静な頭でドイツは思った。
目の前に、イタリア。
座り込んで、こちらを見ていた。笑顔。いつもと同じ、だがどこか悲しい顔。
「・・・イタリア。」
霞む意識の中、その頬に手を伸ばす。
不意にドイツは自分に苦笑する。いつもは恥ずかしくてなかな
かできなかったことが、どうして今はこんなたやすくできるん
だろう。
「好きだ。」
引き寄せて触れた唇はいつもと同じに暖かかった。
「・・・俺も。」
笑ったイタリアが、短銃を自分の頭に向けるのが見える。
やめてほしい、とドイツは思った。
こいつだけは、少しでも長く生きてほしいのに。
止めようと伸ばしたはずの手に、もはや力は入らず、そのままむなしく
地に落ちる。
暗くなっていく意識の向こう遠くに、ぱぁん、と乾いた音を聞
いた。
***
しぬのはいたいかな、とおもったのに、そんなにいたくなかった。
めのまえにはだいすきなドイツがいます。なんだかねむたいかんじ。
ねぇ、ドイツ、どいつ、これで、一緒だね。
ゆかでふたつのあかいみずたまりがまざっていく。
あぁほら、いまおれたち、ひとつになったよ。