俺は弟に恋をする






フランスには弟が3人いる。けれど、そのことをフランスはさして問題にしたこ とはなかった。

だいたい、弟と呼ぶべきであるはずの3人とは、ほとんど血がつながってはいな い。
弟のうち2人が完全に血の繋がった本当の意味での兄弟であることは間違いない はずだが、 自分と彼らや、もう一人の兄弟と彼らとの血の繋がりなんてものは怪しいものだ 、と思う。



それに、

フランスは血やなんやらで汚れた軍服を見下ろしながら思う。

それに、兄弟なんて、なんの意味がある?この戦争続きの世の中では、そんなも の何にもならねぇ。



兄弟、であるはずの隣国は幾度となく戦争を仕掛けてきた。
殺し合いだって、日常茶飯事。

知らずにこめかみを押さえていた。軽い頭痛がする。




思い出すのは、まだ、自分が小さかったころのこと。
フランスと弟たちを結ぶ微かな血の繋がりの鍵となるローマ帝国はフランスに対 しあまり優しくはなかった。
もともと、フランスが生まれたのは、ローマの本当に端っこの田舎。
ローマの文化も何も届かないところ。
中心部に住むやつらは、フランスを見て、こう呼んだ。

『ガリア』

自分たちとは違う人種、という侮蔑がこもっている、言葉。別に、それが自分の 人生にどう影響したとかは ない、と思う。だが、確実にそれはフランスの心に火をつけた。


文化も領土も経済もみんな、自分で成り立たせ、強くなった。
死ぬ直前まで、ローマはフランスに何一つ残さなかったから。


『――まぁ、それはしかたねぇか。』



ローマには、直系の、孫が2人いた。そいつらが跡継ぎするのは当然だろうし。
何度か、ローマに会ったとき、彼らはいつもローマにくっついていた。
可愛げのねぇやつが一匹、と、



『―はじめまして。』



笑顔が、綺麗過ぎる、馬鹿一匹。





「にいちゃーん」


ぼんやりしていて、呼ばれた声への反応が遅れた。
不意に、後ろからの衝撃。慌ててフランスが振り向くと、タックルするようなハ グに成功したイタリアの自慢気な顔が。


「うぉ!馬鹿一匹!」

「うぇ?」

「や、なんでもねぇ。うん。」


ごまかしすと、不満そうにイタリアは口を尖らせて、しかしフランスがぐしゃぐ しゃと頭をなでれば、ヴェーとなんとも 形容しがたい声をだして、それからにへら、と笑う。
あぁ本当に、なんて、

『危機感のねぇ…』

小さく溜息をはくが、それはハグに成功して嬉しい彼には何の効果もないらしい 。見下ろした顔は嬉しそうなまま。


「今日はまたなんで来たんだ?」

「んーオーストリアさんがおやすみくれた。」

「休みぃ?あの眼鏡がぁ!?…今日は槍でも振るんじゃねぇか?」


ちょっとそれオーストリアさんに悪いよぅ!!なんて叫ぶイタリアの頭を押さえ 込んで。
茶化すように言うけれど、実際、オーストリアがイタリアを大事に扱っているで あろうことはフランス にはよく解っているのだ。
そして、イタリアもそのことは解っている。だからこその笑顔。
笑いながら自分の腕にじゃれるイタリアを見ていると、自然とフランスの顔の浮 かんだのも、笑み。


「…ていうかイタリア、お前自分ちに行かなくていいのか?」

それは、何の気もなしに言った言葉だった。なのに、
とたん、動きのとまるイタリア。フランスはあせって、そして思い出す
あぁ、そういえば。


「うん…ちょっとぼくのうち、ね?」


イタリアの目が虚ろに空を見つめ。そこに虚無が見え隠れして消える。


「ぼろぼろだから、今。」


あぁ。
フランスは眉間の皺を寄せる。そういえば、
イタリアで、戦争が、あったのだ、と。


「あー…悪かった、兄ちゃんが悪かった。」


「う…うんーいいんだよー。ぼくね、ぼく、フランス兄ちゃんに会いたいなって も思ってたの。」

だからきたんだよ、と無理して笑うイタリアを、気づけば抱き寄せていた。
それは、フランス自身良く解らない感情。ただ、ただいたたまれなくなったから
イタリアは、自分のなかに思いを押し込めようとするところがある。
腕の中に収まる小さな体、で一体どれだけの思いを殺したのか。
どれだけの物を押さえ込む?




思い出す。初めてローマのジジィにあったときも、コイツはローマにくっついて きていた。

『はじめまして。』

ローマの服の裾にしがみつくようにして、大きなスケッチブック抱えて。

『ぼく、ヴェネツィアーノ・イタリアっていいます。…フランス兄ちゃん。』


自分には、3人の兄弟がいる。
けれど、そのなかで兄ちゃんと自分を呼んだのは、なんの策略もなしに、笑顔で 自分に抱きついたのは、

コイツ以外、他になかった。




「にいちゃん?」



何も言わなくなったフランスを疑問に思ったらしいイタリアの声。
その声に呼応するようにゆっくり体を起こしざま、フランスは目の前にイタリア の顔を捉えた。

きょとん、とした茶色の瞳。ふっくりした頬には紅色。


そのこめかみの、くるん、と焦げ茶がはねるその下あたりに唇を落とした。

ちゅ、

と音を立てて、一回。


イタリアの目が、ぱちくり、と瞬いて

「う、うぇぇ?」


いつも自分からハグやらキスをするくせに(フランスもだが)いざされると驚いた らしいイタリアが 慌てたふうにこめかみのところを擦るのをみながら、フランスは笑う。
あぁ、本当に素直。


「よしよし、せっかく来たんだしな。飯でも食ってくか?」

「え…あ、うん!!うん!!食べるー!!」


まだこめかみに手を当てたまま、それでも綺麗に笑うイタリアは




この世界で生きるには、すこし綺麗で、純粋すぎる。




「…すきだ」




キッチンへ向かう扉の前で立ち止まって、フランスはイタリアにそう告げてみた 。


「うん、ぼくもー。」


一瞬の間のあとに、にこり、と笑顔で返したイタリアの頭を乱暴に撫でながらフ ランスは思う。



きっと、2人の『好き』は意味が違うのだろうけど、それを伝えるのはコイツが 大人になってからにしよう、と。


そして、


それまでは、なんとしても、この綺麗過ぎるコイツをこの世界で、





死なすわけには、いかないのだ、と。