05,イギリスと日本の場合

藍より青く



風が吹く。

立ち止まった日本は下に広がる風景を見下ろした。
ここは丘の上。開けた視界の向こう遠くに街が一望できるから、日本はここが好きだった。
頬をなぜる空気は微かに湿っぽくぬるい。
春がすぎようとしている。


「…日本。」


後ろから聞きなれた声。振り向かずに答えた、なんですか?
歩いてくる足音。日本の隣で立ち止まったのはどこか懐かしい人。
昔、共にあるいたことも、銃を向け合ったこともある人。

彼も街をみおろしている。ふう、と小さく息を吐いたのが解った。
静かだ。こんなにも静かに最後の夜はすぎようとしている。


「…ずいぶんと、おちついてるんだな。」


ぽつり、と隣で呟かれた声に日本は笑う。
そんなことないですよ。見下ろした街は暗く沈んでいた。
前は明かりがきらきらと奇麗だったのに。混乱は街を闇に沈める。


「貴方こそ落ち着いているじゃないですか…イギリスさん。」


日本は笑いながらわずかに高い彼の目を見る。
澄んだ緑。彼も笑った。まぁな。

空は奇麗な星で埋め尽くされている。
皮肉なものだ。街の灯が無くなれば、空に灯がともる。
そういえば、と日本は思う。
あの日も、


「あの日も、奇麗な星空でしたね。」

「あの日?」

「ほら、貴方と同盟を結んだ日ですよ。」


あぁ、とイギリスが頷いた。


「そういえば、そうだったな。」


きらきら輝く星の下で、暗く街が眠る。
二人は何とはなく黙り込んだ。
静かに時はすぎる。世界が終わるのだ、と聞いたとき、驚きよりも絶望よりも先にでたのは諦めにも似た、何か。

風はいつもと変わらず吹き抜ける。
世界が消える、それも運命だというのなら。


「…また、同盟組みましょうか?」

「…今?」

「えぇ。」

「もう世界は終わるのに?」

「終わるからこそ組むんですよ。」


今なら、誰も反対しないでしょう?

夜の終わりが近い。明るくなり始めた空の下でイギリスが笑った。

「確かに。」


二人並んで空を見ながら日本は思う。
終わることが運命だというのなら、それも甘んじて受け入れましょう。
私たちはあまりに長く生きすぎた。その中で得たものは大きすぎて失いたくなかったものもあるのだけれど。

それでも、


「今、幸せだと思う私は、おかしいのでしょうか?」


もたれかかった肩の先で、ゆっくりと緑の目が日本に向けられる。
小さく、彼はつぶやいた。


「さぁ?」


空が明るくなっていく。世界で最後の朝。

終わりへと向かう時の中である者は狂い、ある者は祈り、またある者は願う。
そんなさまざまな思いを乗せて、消えゆく世界は今、奇麗に輝いているのだろうか。


すう、と地平線に明かり。太陽だ。
世界の最後が晴れで良かった。
小さくそう呟きながら、日本はそっと目を閉じる。


あぁ、ほら藍より青く空は澄んで、澄んで、澄んで、そう。




世界で最後の朝が来る。





消えゆく世界の最期の輝きを。この目に閉じ込めたかった。
End of The Worldはここで一旦終了です。ありがとうございました。