貴方を苦しめるだけの現実なら、捨ててしまって、



ねむりひめのきもち



ドイツがイタリアを訪ねたとき、ちょうど彼は眠っているところだった。

ちょうど?

ドイツは黙ったままソファで丸くなるイタリアを見つめた。
くる、と小さく丸まって自分の指をくわえたような格好をしている彼はどこか幼い。
イタリア、と小さく呼びかけたが、起きる気配はなかった。


ちょうど、というには、少々語弊があるように思うのだ。
昨日、ドイツが訪ねたときもイタリアは同じように寝こけていた。その前も、またその前も。


ー最近、起きているところに会った試しがない。


きっかけは二か月ほど前だったろうか。
ドイツの家でごろごろしながらイタリアがぽつりと呟いたのだ。


『…最近、凄く眠いんだ』


ドイツは気にも留めなかった。以前から彼はよく眠るタイプだったし、このように一瞬意味を理解しがたいセリフを吐くこともしばしばだったから。
イタリアはドイツの気のない返答に少し笑って、それからその場で眠っていた。
それが、始まり。


目の前で彼は眠っている。イタリア、少し大きめの声をかけてみる。
少し彼が動いた気がした。なにかやるせない思いに駆られる。
薄い肩に手をかけて強く揺すると、漸く見知った茶色が開かれた。何?と舌っ足らずな声。



あの、ドイツの家で寝こけた日から、イタリアはゆっくりとおかしくなっていった。
眠る量が増えていく。少しずつ、少しずつ。
眠りの世界から帰らなくなっていく。少しずつ、でも確実に。


「何?ドイツがくるなんて珍しいね。」

「…イタリア、お前、いつから寝ている?」


いきなりの質問にイタリアは困ったような顔をした。
何時っていわれてもなぁ。
そのセリフを言う合間に一回大きく欠伸。

「わからないけど、昨日は4時間くらいしかおきてないと思う。」

困ったように笑って、笑って。

手がする、と伸ばされて手元にあったグラスを掴む。
中に入っていた透明の液体を喉に流し込んで、
あぁ、あれは酒なのだろうか

「ねぇ、ドイツ、どうしよう。」

「…どうしたんだ。」

イタリアが震える手でグラスをテーブルに置きながらこちらに手を伸ばしてくる。
その顔が微かに歪んでいた。

「わからなくなっちゃいそう。俺ね、夢を見てるの。ふわふわして、よくわからない夢。
でも、ときどき此処か、夢かどっちが本当かわからなくなりそうになるんだ。あのね、俺、どうしていいかわからないの。
俺の家はいつまでも貧乏だし、なんだか俺、EUでも経済的にはお荷物だし、うーんと、それからねぇ。
寝てるとね、何も考えなくていいしさ、あの、なんて言う…か。」


ふぁ、また大きく一回欠伸。
ぱちぱちと瞬きをした彼の目に、もはやさっきまでの何かはなかった。
とろんとした目のまま、首を傾げる。

「…なんだっただろう…。」

駄目だ、瞬間、ドイツの中をそんな思いが駆け巡る。
駄目だ、何が駄目なのかもはっきりとはわからないのだけれど。
既に下されかけていたイタリアの手を握る。
イタリアが驚いたようにドイツの方をみた。笑う。

「何ー?ドイツ?」

「…戻って来い。」

笑顔を見ながら、ドイツは何かを祈るように呟き続けた。
戻ってこい。絶対、戻ってくるんだ。

必死な顔を見て、イタリアは今度は声を上げて笑った。くすくす、

「そんなのあたり前だよぅ。」

だってドイツがいるんだもん。


笑いながらも、その眼が眠そうに閉じていく。
完全に閉じるその間際、イタリアが小さく呟いた。

あぁ、でも、ね


「もどれなく、なりそうなの。」








ゆめをみたのはどちらでしょう?