あの日からイギリスさんはたまに歌を歌うようになった。


一ヶ月同居生活

7日目


「♪Who killed Cock Robin?
 I, said the sparrow,
 With my bow and arrow,
 I killed Cock Robin.♪」

歌が聞こえる。
ちょっと体をそらしてキッチンから向こうを見たら、新聞を片手に持ったイギリスさんがテーブルに着こうをしているところだった。
浅く椅子に座って、指で軽く拍子をとって。


「♪Who saw him die?
 I, said the Fly,
 With my little eye,
 I saw him die.♪」


あの日、コンサートから帰ったあの日から、イギリスさんはマザーグースを口ずさむことが多くなった。
椅子に座りながら、新聞を読みながら、仕事をしながら小さな声で、至極楽しそうに歌う。
世界の中心として生きるということは、それだけ多くを背負うということだ。
だからだろうか、彼は不機嫌そうな顔をしていることが多く、ここに来るまでは、こんな表情は想像もできなかった。


「…今日は、どこにもお出かけなさらないのですか?」


邪魔をして悪いとは思ったけれど。私はシンクに向かいながら尋ねる。
ふと、歌がやんで、それから一瞬の間。


「今日は日曜だから、仕事は休みなんだ。」


あぁ、そうだった。
シンクの前部分にかけられたカレンダーの文字が今日は赤い。
日曜日は休日なのだ。自国ではなじみのない風習だけに、いまいちピンとこないが、安息日とか言ったかもしれない。
そうですか。一言返せば、それで会話はなんとなく終わる。
もともと、2人ともおしゃべりではないから、これは普通のことだ。
ここには静かな空気ばかりがある。

白いカップを水洗いする水音に混じって、また鼻歌が聞こえてきた。
歌の続き。
こういう沈黙は嫌いではない。かちゃかちゃと陶器の触れ合う音に混じって聞こえる単調なメロディー。
マザーグースには残酷な歌詞が多いようだと気づいたのは最近だった。
どうにも残酷な内容を隠してしまうほどにこの曲のメロディーはあまりにも底抜けに明るいのだ。

「「♪Who'll make his shroud?
 I, said the Beetle,
 With my thread and needle,
 I'll make the shroud.♪」」

気づけば私もイギリスさんに合わせて、歌を小さく口ずさんでいた。
彼の歌を聴くうちに、覚えてしまったそのメロディー。
明るいメロディに乗せた少し怖い歌詞は、ロンドンの夜にとてもよく似合う。
都市というものは、その鮮やかな外見の裏に、多くを隠すものだから。

歌う私に気づいたのか、イギリスさんが、驚いたようにこちらを見た。
ちょっと考えるような仕草。それからふいと首を伸ばして


「覚えたのか、日本?」

「えぇ、まぁ。それに、その歌は日本語にも訳されてますよ。」


白いお皿を水洗いして、泡を洗い流しながら、私は歌う。

「『誰そ、こまどりを殺せしは?』
 雀はいひぬ、『我こそ!』と、
 『わがこの弓と矢とをもて、
 我れこまどりを殺しけり』」

歌い終わって、ちらり、とイギリスさんの方を見る。
私は小さく微笑んで。


「どうですか?」

「…違う歌みたいだな。」


そして、目が合った先で彼もまた、小さく楽しげに笑うのだ。


「でも、日本らしい。良い訳だと思う。」


かちり、と時計の針が動いて、ひだまりは窓から遠くに伸びて。
ただ何も無い時間は過ぎるけれど、なぜか私はこの空気が嫌いではないのだ。

新聞をたたんだ彼は小さく一回伸びをして、陽だまりを見ながら問いかける。


「本屋にでも行くか」


普段あまりそういうことを言い出さない彼のそんな一言に私は少し驚いて
それでも一言答えるだけ


「それは、いい考えですね。」


笑った彼は帽子を取りに部屋へと向かい、私はタオルで手を拭いて。
何の本を買おうか考えながら、小さく童謡を口ずさんで。

あぁ、どうしたらいいのか。
こんな時間が、私は嫌いではない、のだ。




これはただの家族ごっこなのに。